読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

惑星間不定期通信

小説を書いています。本や映画の感想やその他なども書きます。

治療、殺人、想像力

大学院の頃に鬱病と診断されて未だに通院と服薬を続けていたのですが、先日心療内科に行ったところ「もうだいぶ具合も良くなったようだし、診察を一段落して薬も止めてみようか」と医師に言われました。

長かった……。

2年近く通い詰めて、ようやくここまで回復することができました。完治という概念が無い病気なので、まだまだ様子を見ていく必要がありますが。思えば周囲の方々に多大なるご迷惑をかけてしまいました(鬱病というのは——全ての病気がそうかもしれませんが——周りの人間に迷惑をかけてしまうものです)。謝罪と感謝をこの場で述べます。

始まりは2013年の9月に大学院でのパワハラアカハラに精神的に追いつめられてもうどうしようもなくなって心療内科で受診したのですが、事の徴候としては大学3年の頃からあったと思います。大学3年の時期は授業もそれほど忙しくなかったので、ひたすら本を読んでひたすら小説を書いていたのですが、自分を追いつめ過ぎていたのか段々と夜に布団に入っても寝付けないことが増えていきました。それと同時に元々強かった希死念慮が酷くなっていたのもあり、大学にある心の相談センターに行き抗不安剤を処方してもらっていました。正直抗不安剤を飲んでも気休め程度にしかなっていなかったのですが、それでも多少は楽になったので、大学院に入ってからも抗不安剤を飲み続けていました。

大学院に入って環境が変わり、教授や先輩からひどくきつい口調で責められたり研究内容へのプレッシャーなどで追い詰められ、さらに就職活動の難航により一睡もできないような状態に陥ってしまいました。今の就職先の最終面接はまったく眠れずに満身創痍ので臨んだことを覚えています。睡眠不足でハイになった状態で社長と面接をして、適当な事ばかり言っていたら「君、本当に面白いなあ」などと言われました。無事に内定を貰ったので良かったのですが、本当に良かったかどうか未だによくわかりません。

就職活動が終了した後には楽になるかと思っていましたが、むしろ逆に研究へのプレッシャーが厳しくなり、いよいよもって本当にどうしようもなくなってしまいました。夜もまったく眠れないし、研究を進めようと思ってもパソコンの前で頭が真っ白になってしまうのだからどうしようもありません。なんとか眠れるように心療内科で睡眠導入薬であるところのハルシオン(よくお酒に混ぜて昏睡状態にさせて乱暴行為に及ぶアレ)を処方されたのですがまったく効果が無く、むしろイライラと倦怠感がひどくなるばかりでした。そして最終的に抗鬱剤パキシルを処方され、あまり効果が無かったのでレクサプロを処方されました。

この頃には大学のカウンセラーの方と相談しながら、「一度休学した方が良いのではないか」ということになりました。結局教授と話した結果休学はせずに二ヶ月程研究室を休む事になりましたが、この二ヶ月が地獄のようでした。抗鬱剤を飲み始めたら、本当に何も出来なくなりました。これは言葉のあやではなく、文字通りの意味で何も出来ない。本が読めなくなり、漫画も読めなくなり、テレビも見られず、外出も出来なくなり、そして布団から動けなくなりました。文字を追っても頭に入らず、テレビも漫画もそのような状態でした。食欲も無くなって体重が5キロ程落ちました。本屋に行っても大量の情報量に圧倒されて頭痛がしてすぐに外に出てしまうのです。

この状態をひとにわかってもらうのは結構難しいと思います。病気というのは往々としてなった人間にしか苦しみがわからないものですが、特に鬱病というのは熱や痛みなどではなく、ただただ何も出来ないので、傍目から見ても何が辛いのかよくわからないものでしょう。よく鬱病は甘えだという人が居るけれど、現実問題として脳内化学物質の分泌が悪くなるという脳味噌という名の臓器の疾患なのです。

とはいえ、当人の苦悩は当人しか分からない、と言ってしまうのは簡単です。しかしそこに救いはない。他人の苦しみを理解するには、やはり想像力が必要となります。人殺ししかミステリを書けないわけではないように、想像力さえあれば苦しみを分かち合う事ができる。だからこそ、想像力を育むような物語が必要なのだと思うのですがどうなのでしょう。現代では物語が衰退していますが、生きづらさというのもそこからくるのではないかと思います。物語性のあるコンテンツが廃れ、コミュケーションが重視されていますが、今一度物語について振り返るべきなのではないか。

そんなことを考えながら、小説のネタが思いつかない毎日です。