惑星間不定期通信

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メキシコ旅行記 旅立ち前「牧野君と、僕が旅に出る理由」

 

  2012年8月から9月までの一ヶ月、僕はメキシコに滞在していた。

 メキシコを訪れた理由は大学院の研究を行うためだが、そもそも何故メキシコへ行くような研究をすることになったかを説明するには、牧野君について話さねばならない。
 
 牧野君とは大学四回生の時に出会った。
 僕と牧野君は配属された研究室が同じだった。僕らの研究室は他の研究室がある理学部研究棟ではなく、大学の僻地に位置していた。その場所は通称『山の上』と呼ばれており、急勾配の坂道を10分ほど登らねばならない。目の眩むような坂道を登り終えた先に天体観測ドームが建っていて、併設されている建物に研究室が入っていた。


 大学院生や教授たちは研究室の方で研究をしていたが、学部生である僕たちは観測ドームの中で研究していた。観測ドームの観測装置自体は何十年も前に使用されなくなっており、観測装置としての役割はとうに終えていた。観測しようとしていた現象が、建築された後に理論的に観測不可能であると証明されてしまったからである。理論的に否定されたのは稼働して間もない頃だったというから、全くもって大学研究というのは悠長な金の使い方をしていると思う。


 そんなわけで観測施設としては廃棄されていたのだが、捨てておくのも勿体無いということで、僕たちはぽっかりと空いたドームの中心地に別の観測装置を設置し実験を行っていた。観測ドームは直径30メートルほどで、地面を掘り下げた中心地に僕らが実験に使用する観測装置が設置され、外周の壁に沿って物置部屋や学生の居室があった。

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観測ドームの中心に設置された観測器。いまはもうない。

 築五十年以上経っており隙間風も酷く夏は暑いし冬は寒かったが、エアコンは付いておりシャワーや仮眠室も完備されていた。僕らが使用していた一室には歴代の学生たちが残していった大量の漫画本とゲーム機があり、ネットワーク環境も整備されていて、見た目以上に快適だった。


 教授や大学院生の先輩からの目が届かない場所で好き放題やることができ(遊んでばかりいたわけではなく、研究はきちんとしていた)、今思えば大学生活で最も楽しかった時期だったかもしれない。


 ともかく、僕と牧野君はその観測ドームで顔を合わせた。


 その時、彼が観測ドームの外の敷地にテントや寝袋を干していたことを強烈に覚えている。なにをしているんだこの男は、と僕は思った。
 牧野君は大学の長い夏休みの間を山小屋でバイトして過ごすという、かなりハードなアウトドア趣味をしていた。山小屋でバイトをしている間は稜線の上しか歩かないから世界が二次元になる、という彼の言葉は僕の想像を絶していた。まるでスーパーマリオブラザーズの世界である。
 カップラーメンを食べるために湯を沸かす際に、牧野君はアウトドア用の携帯ガスストーブを使用していた。ちなみに、学生部屋には使用可能なガスコンロが設置されている。卓上コンロのガスボンベとは違ってそれなりに値が張る代物のはずであるのに、どうしてそんなものを使って湯を沸かすのか理解できなかった。
「この方がロマンがあるやろ」
 僕の疑問に牧野君は簡潔に答え、カップラーメンをずるずると啜った。


 牧野君とは一回生から同じ学科だったが、同じ研究室に配属されるまで話したことはなかった。大学の学科には他人よりも頭が良いことを見せつけることでしかアイデンティティを保てないような人間ばかりだったが(僕もそのなかの一人だった)、彼は自分のライフスタイルを確立していたように思う。


 牧野君は博士課程まで進学するつもりだと言っていた。博士になって将来どうするつもりなのか彼に尋ねた時、彼は何も考えていないと答えた。
「なんとでもなるやろ」と彼は言った。
 理学部の博士進学者の就職先は広くない。アカデミックポストに就ける人間は限られているし、専門が特殊すぎるため民間就職に有利にはならない。
「いざとなったらコンビニでバイトすれば生きていけるやん」
 確かにそうかもしれない、と僕は思った。
 そう思うとなぜか胸がすっと軽くなった気がしたのだった。

 僕はそもそも、大学院に進学するつもりはなかった。ちょうど就職活動をしていた頃に東日本大震災があり、企業の採用スケジュールがめちゃくちゃになってしまったこともあって、就職する気が削がれてしまった。何社か受けたものの、結局内定を貰えず、なし崩し的に大学院に進学することにした。大学院に行けば就職の幅も広がるかと思ったのだ(今思えば誤った判断だった)。


 研究室ではいくつかのグループがあり、分野は近いがそれぞれ全く異なった研究をテーマにしていた。牧野君はもう既に希望のグループを決めていたが、元々進学する気がなかった僕は希望のグループを決めかねていた。
「俺は、どこで研究がやれるかで決めたわ」と牧野君は言った。
「どこで研究がやれるか?」と僕は聞き返した。
「俺はな、とにかく遠くに行きたいんや。だから大学のお金で遠くの海外に出張できる研究がしたい」


 遠くに行きたい。

 その考えは僕の中にはなかった。これまで生きてきて一度も海外旅行さえ行ったことがなかった。思えば、読書と音楽が趣味で自分の頭の中で完結してきた人生だった。外の世界を求めることを考えたことさえなかった。


 牧野君は僕とは対照的に海外へ行った経験が豊富だった。ネパールの山を登るバスに乗っていたら、崖から転落して死にかけたこともあるという。
 僕の友達が研究でアラスカに行った話をした時には、
「死ぬほど羨ましいから、二度とその話を俺の前でしないでくれ」
 と、本気で悔しがっていた。

 

 遠くに行きたい、僕もそう思うようになった。僕は影響されやすい人間なのだ。そんなわけで僕はメキシコで研究することになった。この選択も今思えば大きな間違いだったと思うが……それについては今は書かないでおく。
 牧野君はジュネーブを拠点にする研究テーマを選択し、博士課程になった今では一年の大半を海外で過ごしている。

 

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牧野君(左)と筆者(右)。大学食堂にて