惑星間不定期通信

小説を書いています。本や映画の感想やその他なども書きます。

メキシコ日記 四日目「トラディショナルなメロンパン」

 

 今日の朝食も昨日と同じカフェへ。メキシコに滞在している間、僕たちはほとんど毎日同じカフェで朝食を取った。一度だけ違うカフェに行ったのだが、味がイマイチだったのでそれきり同じカフェで食事をした。中々ちゃんとしたカフェでウェイターは白いシャツを着て黒いスラックスを履いている。ウェイトレスも糊の利いたパリッとしたブラウスを着ている。観光地だからなのかもしれないが、この街のレストランやカフェはみんなちゃんとした服装をしているので感心する。

 

 このカフェのモーニングは食事を何種類かあるうちから選ぶことができるのだが、どれも朝食とは思えないボリュームである。薄いカットステーキやチキンソテーといったそれなりにがっつりとした主食と、選べるパンと、スイカやマンゴーやパパイヤなどのフルーツが付いている。それとは別にトルティーヤがテーブルに置かれており、いくらでも取り放題になっている。メキシコ人たちは主食をトルティーヤに包んで食べる。東海地方の喫茶店モーニングのボリュームのすごさがテレビで取り沙汰されたりするけれど、メキシコのカフェのモーニングには敵わないだろう。メキシコが肥満大国となる素地はカフェのモーニングで育まれているのかもしれない。

 

 メキシコの食事には必ずと言って良いほど、我々が「あんこ」と呼んでいる、あずきを塩味で炊いてぐちゃぐちゃにマッシュにしたようなものが付け合わせられている。お世辞にも見た目はよろしくなく、教授や先輩はこれを毛嫌いしていたのだが、僕は割と好きだった。こいつをサルサと和えてトルティーヤに包むと中々美味いのだ。この食べ物についてはガイドブックにも載っておらず、調べても名前がわからなかった。もしかしたらこの街特有のソウルフードのようなものなのかもしれない。

 

 トルティーヤはピザ屋や日本食の店のような特殊な店を除いて、どんなレストランにも必ず常備されている。そしてトルティーヤが置かれていたら、それと一緒にサルサが必ずセットで置かれている。そして、サルサは緑唐辛子を用いたものと赤唐辛子を用いたものの、二種類が置かれている。この法則は必ず守られている。メキシコ人というのは食に関しては敬虔なクリスチャンのようにこの戒律を守っている。

 

 体調が少しずつ回復してきたので、この日はホットケーキを頼むことにした。モーニングセットではなく単品のホットケーキなら量が少ないだろうと思ったのだが、普通サイズのホットケーキが三段でやってきたのでさすがに閉口した。

 

 この日の作業は午前中にプログラミングをして、午後からは立ち作業をした。だいぶ体調は良くなっていたはずだが、立ち作業をして肉体に負荷が掛かるととたんにダメになってしまう。部屋の隅でぐったりしていると、ホセがやってきて、
「君は一度ドクターに診てもらったほうが良いな」

 と深刻な顔をした。いくら時差ぼけしていると言っても、もうメキシコに来て四日目である。良い加減に慣れないと申し訳ない。どうも時差ぼけだけでなく、高山病も影響しているらしかった。登山で自力で登る分なら徐々に体が慣れていくものらしいが、飛行機でいきなり標高の高い街に来ると、こんな風に日中疲れやすくなったり眠気に襲われたりするらしい。とにかく何かに呪われているんじゃなかろうかというくらい体が重かった。

 

 昼食は研究所の食堂へ行った。食堂は五十ペソぽっきりで(300円程度)、肉と魚を選ぶことができる。味は普通の法人施設の食堂といったところである。やはり主食の他にフルーツが付いており、テーブルには食べ放題のトルティーヤとパンが置かれている。パンはいろいろな種類があり、その中からメロンパンを手に取ったエルネストは、

「こいつはメキシコのトラディショナルなパンなんだ」と言う。

 どうだ初めて見ただろう、という顔をするエルネストに対し、日本でもポピュラーだとは言えず「へぇ〜」という顔をしておいた。

 

 ところが、日本に帰ってから調べたところ、日本のメロンパンのルーツはメキシコだという説もあるという。エルネストが言うトラディショナルなメロンパンはメキシコではconcha(コンチャ)と呼ばれており、これがアメリカ経由で日本に伝わったというのだ。メキシコではメロン模様ではなく、貝殻の模様を表しているらしい。身近なものに意外なルーツがあるものである。

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メロンパンとアレハンドロ(左)と筆者(右)。メキシコのメロンパンの味は日本と変わらない。

 メキシコ人たちは食べ放題のトルティーヤとパンをとにかくたくさん食べた。よくもまあそんなに食べるものだと感心してしまうほどなのだが、どうやら彼らは夕飯を食べないらしい。食べるとしても酒のつまみ程度だという。とはいえあれだけ太っているのだから、それを差し引いても食べ過ぎだろう。
 
 いつも研究所からホテルまではメキシコ国立自治大学のメンバーが車で送ってくれていたのだが、今日はどうも会議があるとかでバスで帰ることになった。

 メキシコのバスにはバス停という概念が無い。下りたいところでブザーを鳴らすと停車し、乗りたいところでバスを拾うのである。これが中々難易度が高い。大体のバスが停まる位置というのは決まっているので、そこで乗り降りするのが安全である。運賃は6ペソで日本円だと36円くらいであるから非常に安い。バスの車内では、運転手がセレクションしたと思われる音楽が爆音で流れている。流れているのはたいていメキシコ歌謡なのだけど、メキシコ歌謡を大音量で聴いていると中々うんざりする。どの国でも歌謡曲というのは気が滅入るということには変わらないようだ。一度だけoasisスタンド・バイ・ミーが流れていたけれど、ほとんど毎日メキシコ歌謡漬けだった。

 

 爆音で流れる音楽に目を瞑れば、バスは安いし便利なのだけれど、とにかくもう運転が荒い。ただでさえ狭いチョルーラの路地を信じられないようなスピードで曲がっていく。なんと路駐している車に思い切りぶつけてもそのまま走っていく。日本のバスとは全く異なる乗り物なのだと覚悟しなければならない。日本に帰ってしばらく市バスに乗っている時にそのスピードが遅すぎて慣れなかったくらいだ。

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メキシコの市バス。このバスは広い国道を走るのでまだ綺麗だが、町中を走るバスは擦り傷だらけでボロボロである。

 ホテルに帰って一眠りしたら、午後10時になっていた。今日も夕飯を食べそびれてしまった。行きの機内食で食べ切れずに持って帰ったクラッカーを食べて朝を待った。