惑星間不定期通信

小説を書いています。本や映画の感想やその他なども書きます。

メキシコ旅行記 十五日目「日曜日、雨の日の遊園地」

 日曜日。昨日冒険したせいか八時に起床。

 朝食はいつものカフェにてアボガドソースとシーザーソースでトルティーヤを浸したものとメヒカナー入りの卵を食べる。このトルティーヤ浸しがかなりの量で、普通の円形のトルティーヤ三枚分はあった。カロリーもさることながら、ふやけたトルティーヤは物理的に量が多かった。

 腹が膨れたのですぐにホテルに帰らず散歩をすることにした。広場に行くと人々が音楽に合わせて体操をしていた。日本でいうラジオ体操のようなものだろうか、と思ったがかなり激しい動きで体操というよりはダンスである。広場の近くには屋台の店が広がり、土産物やジャンクフードが売られていた。バナナの葉で包んだ蒸しパンや細長いスイートポテトが売られていて、その周りを大きな蠅が飛び交っていた。日曜日だからか、街には物乞いが多く見られた。

 広場で小さな子どもがプラスチックのヘリコプターのおもちゃを飛ばして遊んでいた。それは僕が幼い頃に持っていたおもちゃと同じものだったので懐かしくなる。今読んでいるポール・オースターの『孤独の発明』は自分の人生のルーツを辿る話であり、それを読んでいるせいか自分の過去と現在の風景を重ねてしまう。なんとなくセンチメンタルな気持ちになりながらホテルに帰る。

 ホテルに帰って洗濯をしなければならないなあと思いながらついついネットサーフィン(死語)をしていると、部屋をノックする音が聞こえた。

 きっと毎日来る掃除係のおばちゃんだろうと思ってドアを開けると、若い女の子が立っていた。おそらくまだティーンエイジャーで、メキシコ人として珍しく痩せた女の子だった。エキゾチックな浅黒い顔立ちをした彼女は大きな瞳で僕を見つめていた。

「部屋の掃除に来ました」と彼女は英語で言った。

 僕は正直かなりうろたえてしまった。

 部屋には散らかったベッドと干しっぱなしの下着があり、トイレにはトイレットペーパーが溢れたゴミ箱があった。彼女にそれらを見られ、片付けられるのはとても恥ずかしかった。彼女としてはあくまでも職務を全うするだけなのだが、若い女の子が自分の部屋の掃除をするというシチュエーションを考えるとなんだか体がむず痒い。意味もなくMacBookのターミナルを開き、プログラミングをしているような風を装ったりした。彼女は僕の方など全く意に介さずプロフェッショナルの手際で二十分ほどで部屋を片付け去っていった。

 天気が良かったので窓を開け放ち『孤独の発明』の続きを読んだ。昼になったのでドミノ・ピザに行きピザを食べた。日本で食べると二千円くらいするものだが、ドリンクとセットで六百円ほどで食べられる。メキシコ風ではない味付けは久々だったので嬉しい。

 

 ピザとコーラという肥満まっしぐらの食事をしてしまったのでホテルには帰らず、近くのショッピングモールに行くことにした。昨日プエブラに向かうバスの車窓から、大きなショッピングモールが見えたので気になったのだ。

 ショッピングモールへ行くにはまずは国道に出なくてはならない。国道は3車線ずつくらいは幅があったが、信号のシステムがわからず無理矢理横断した。かなり怖い。

 大通りは治安が良いだろうとは思うが、それでも緊張しながら歩く。ストリート沿いは車の修理屋が多い。巨大なモーテルが点在したがラブホテルなのかもしれない。アメリカンニューシネマに出てくるような郊外のモーテルといった感じである。二十分ほど歩いてショッピングモールに着いた。

 外見は日本のものよりも大きいが、中に入ると道幅が広いだけでテナントの数は少なく少し寂れた雰囲気が漂っていた。巨大なホームセンターとフードコート、いくつかのテナントショップが入っており二階には映画館があった。本屋やCDショップは無いようだ。日曜日だからだろうか家族連れが多い。入り口の近くにはゲームショップがあったが新品のプレステ3の値段は日本と変わらなかった。

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ショッピングモールといえばゾンビということで(違う)、バイオハザードが上映されていた。(バイオハザードは欧米ではResident Evilなのですね。)

 その他のショップを見てみたが日用雑貨は安いが、電化製品の類いは先進国と同じくらいの値段だ。それだけ貧富の差が激しいということなのかもしれない。

 フードコートを覗いてみるとSUSHIと書かれた看板があり、店名が「tanuki」だった。たぬきって。

 ホームセンターの方を覗いてみたが、規模はかなり大きかった。敷地の面積は日本と変わらないくらいだけれど、天井がやたら高く、ビルの三階くらいの高さまで棚がある。どうやって棚の上の商品を下ろすのだろうか。本が申し訳程度に売られていて、美術書が百ペソだったので買おうと思って、レジに持っていくとレジ係のおばちゃんがなにやらスペイン語でまくしたててきた。キャッシュで払うと言っているのに何かを言ってくる。わからない、というジェスチャーをしたらうんざりした顔でもういいよというような意味の言葉を言った。とりあえず謝っておく。システムが全くわからないと買い物も困難だ。悔しさを感じながらショッピングモールを後にした。

 歩きながら、塀の上部に割れた瓶の破片がコンクリートで固められているのを見た。どの家もフェンスの上は有刺鉄線になっていて、通りに面した窓やドアは鉄格子が嵌め込まれている。ああ、本当にここは安全な場所ではないのだなと思う。

 ホテルに帰り読書の続きをする。夕方から強く雨が振り出し窓を閉めた。気付かないうちに雨漏りがしていたのか、床に水たまりが出来ていた。どこから漏れたのかさっぱり分からない。こんなことで動揺していてはメキシコでは生きていけない。気にせず読書することにする。

 夕食を食べに外に出たら、広場に移動式遊園地が来ていた。即席のものだが、かなりちゃんとした遊園地でメリーゴーランドやジェットコースターなんかもある。東山動物園の遊園地よりもマシなくらいだ。子どものころ東山動物園の乗り物に乗った際、安全バーが緩すぎて危うく空中に投げ出されそうになったことがある。

 遊園地は日曜日に合わせて開園したみたいだったけれど、あいにくの雨で客はほとんどいなかった。びしょ濡れの遊具たちが寂しそうに電飾を光らせていた。