惑星間不定期通信

小説を書いています。本や映画の感想やその他なども書きます。

誰にも求められないことを語ろう、まずは革靴について。

昨今、インターネットに求められる実用性や意味性が肥大化している気がする。個人の趣味やプライベートなことはSNSに閉じ込められて、SNSの外では役に立つ記事や意味のあるコンテンツしか残らなくなっている。

昔はもっとみんな自由にそこかしこで語り合っていたはずだ。そんなふうに回顧するのはぼくが年を重ねたからだろう。ぼく自身、こうやってブログを書くこともなくなってしまった。そもそもブログというもの自体がもはや絶滅危惧種みたいなものだし。

だから今日は誰にも求められないことを語ろうと思う。

というわけで最近ぼくがもっとも興味を抱いてことについて、つまり、革靴について語りたいと思う。

 

■なぜ革靴なのか

 一般的に男性が社会人になると車、スーツ、時計、そして革靴にお金を費やすようになるという。価値観が多様化する現代社会においてそのようなステレオタイプな趣味は下火になったとはいえ、まだまだ根強いようだ。

ぼくは車には乗らないし(運転が苦手なので)、仕事柄スーツもほとんど着ない。2020年はコロナの影響もあって一度しか着なかった。いちおう街の仕立て屋でパターンオーダして作ったスーツを持っているが、生地は特別高級なものじゃない。

時計については一時期良い物が欲しくなって集中的に調べたことがあった。だが調べれば調べるほど、値段と価値が乖離しているような気がしてならず興味を失ってしまった。高級時計は宝飾品の一種であり、何の基準で値段が付けられているのかぼくにはよくわからない。ドン・キホーテの2階で売られている時計と百貨店のショーケースに飾られる時計の違いがわからなかった。

時計の裏返しの理由になるけれど、ぼくが革靴にハマったのは値段と価値が(それなりに)わかりやすく比例しているところだと思う。基本的に革靴は職人による手作業で製作されており、紳士靴は特に見た目のパターンは決まっているので、差別化を図るとしたら品質しかない。

もちろんブランドによって上乗せされる価格もあるが、そのブランド性は長年の品質の積み重ねであり、職人技によるものである。

職人の技術によって作られた靴は芸術に近い。見ていて楽しいし、履いていても楽しい。

誠に残念なことだが、コロナ禍によるリモートワークの推進によって革靴の需要が減り、国内メーカの雄であるリーガルが100名の人員削減を実施するという。

www.yomiuri.co.jp

本格革靴の価値を理解し、吟味して手に入れた革靴を履くのはとても気分が高揚する。そのような心地を多くの人にも知っていただき、愛好家の数が少しでも増えれば幸いだ。

 

■高級な革靴と安い革靴の違い

まず最初に断っておきたいのは、価格が高いからといって実用的であるとか長く使えるというわけではない。むしろ高級になるとコーティングがされていない天然皮革が使われているため雨に弱かったり、取り扱いに気を使わなければいけない。実用性を求めるのであれば防水革靴やコンフォートシューズのほうが圧倒的に良い。高級革靴に求められているのは高級感であり、つまりは美しさなのだ。

では、実際に価格帯別に革靴を並べてみてみよう。最も基本的な黒のストレートチップで比較してみる。

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1万円以下の某メーカ製靴

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定価¥39,600 リーガル01DRCD

 

靴 通販 | ストレートチップ(革底)(23.5 ブラック): メンズ | 「リーガルオンラインショップ」 REGAL CORPORATION

 

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定価¥105,600 三陽山長 匠 友二郎

sanyo-i.jp

 

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定価¥169,000 エドワード・グリーン チェルシー

www.tradingpost-online.jp

 

えーと、まぁわからないですよね。

正面からの写真が一番差がわかりにくいから仕方がない。ならお前にはわかるのかと聞かれると、写真だけではわからないかもしれない(さすがに一番安いのはわかるが)。だが手にとって見れば、価格差を言い当てることは可能だと思う。

じゃあ価格によって何が違うのか? 

大きく分けると革質、製法、ディティーの差である。

 

  • 革質

高級靴になるとエキゾチックレザーと呼ばれるワニ革やリザード革などの希少な革が使われることもあるが、同じ牛革でもランクが存在する。

そもそも革は元々牛の皮膚であり、虫刺され、傷、シワ、血筋などムラがある。均質できめ細かく柔らかな仔牛の革(カーフレザー)が一般的に高級品とされている。

上記の1万円以下の某メーカ靴の場合、牛革の表面に樹脂加工を施したガラスレザーという素材が使われている。染色には主に顔料が使用されており、元々の皮膚の傷などは覆い隠すことができる。よく見ると質感がのっぺりとしているのがわかるだろう。

ガラスレザーには雨に強く、磨かなくても光沢が保たれるという長所がある。実用性が高いので日常使いには向いている。だがクリームが染み込まないため経年変化を楽しむことができず、樹脂が割れてしまうと終わりという欠点がある。だから高級靴にはまず使われない。

リーガル01DRCDからの上の値段の靴についてはどれもガラスレザーではない。写真では違いがわかりにくいが、高級になればなるほど肌がきめ細かくなり、透明感のある革質となる(写真の撮り方の差もあるけれど)。

  • 製法

 革靴の部位は、ものすごく大雑把に言うと足の甲を包んでいる上部(アッパー)と靴底(ソール)の2つに分けられる。その2つを結合する方法によって製法が分けられる。安価な革靴は「セメント製法(セメンテッド製法)」と呼ばれる接着剤による結合方法が使われる。機械による大量生産が可能なので価格を抑えることができる。

2〜3万円の価格帯を超えた本格革靴になってくると、アッパーとソールを縫い合わせて結合する手法がとられる。入門〜中級モデルではミシンで縫われているが、高級なものだと職人による手縫いで作られる。代表的な製法としてグッドイヤー・ウェルト製法やマッケイ製法などが挙げられる。それぞれの製法によって強度やデザインの自由度、履き心地が変わってくる。

また縫い合わされて結合する製法は、縫い解いて靴底を交換することができる。これはオールソールと呼ばれており、靴を長く大事に履くことができる。

 

高級な靴になればなるほど、職人の技術が結集した細工が施される。縫い目が細かく整っていることはもちろん、傍目には目立たない靴底やコバの意匠も凝らされる。

例えば、「匠 友二郎」の靴底を見てみよう。

 

 

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 製法についてアッパーとソールを縫い合わせると説明したが、この靴底には縫い目は見えない。これは靴底の表面を薄く起こして縫ったあと、起こした部分を戻して縫い目を隠す「伏せ縫い」という技術が使われている。

また、中央部が黒くくびれているが、これは「半カラス仕上げ」と「フィドルバック」と呼ばれており、見た目の美しさと包み込むような履き心地をもたらしている。

 

次に踵を見てみよう。同じく「匠 友二郎」の踵である。

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ご覧の通り、踵の部分が包み込むような形をしている。安価な革靴だとスニーカーのように真っ直ぐになっているが、 このような形によって足のホールド感が増す。ただしタイトな履き口となるため脱ぎ履きするのは不便だ。だから、高級革靴を履く人はマイ靴べらを常に持ち歩くのである。

また縫い目が一切なく1枚の革で構成されているのがわかるだろう。革は元々平面なものなので、このような曲線的な立体を形づくるためには高度な釣込技術と長い時間が必要になる。

 

ところでディティールについて、今回紹介した中でもっとも高価なエドワード・グリーンではなく三陽山長の「匠 友二郎」のほうを実例に挙げたのは、実はディティールについては「匠 友二郎」のほうが優れているからである。

ではなぜエドワード・グリーンのほうが1.5倍以上高価なのだろうか?

革質については実物を見比べたことがあるわけではないので、ぼくには優劣がつけられない。主な皮革製造業者(タンナー)はヨーロッパにあり、良質な皮革はヨーロッパのメーカに優先的に卸されるらしい。しかし、「匠 友二郎」も高級インポートレザーを使用しているらしいので、それほど大きな差は無いと思う。ブランド料や関税の問題もあり、一般的に国産の革靴のほうがコストパフォーマンスが良いのだ。

 強い憧れやこだわりがないのであれば、国産メーカを選択することをおすすめしたい。(とはいえ、イギリスやイタリアなど『本場の靴』には品質を超えた価値が宿っていると思う)

 

■これから本格革靴を買う人たちへ

 では、これから本格革靴に興味を持とうとしている人は、結局何を買えばいいのだろうか?

乱暴に断言してしまえば、「百貨店に行ってリーガルのDRCDシリーズか、スコッチグレインオデッサシリーズを買え」となる。

ではなぜ百貨店なのか? ○BCマートやショッピングモールの中に入っているようなカジュアルシューズ専門店で革靴を買うのは絶対にやめるべきである。革靴はシビアにサイズ選びをするべきであり、サイズだけでなく足型にも合う合わないがあるので専門技術を持ったシューフィッターが常駐している百貨店や革靴専門店で選んだほうが絶対に良い。

リーガルのDRCDシリーズか、スコッチグレインオデッサシリーズをオススメするのは、圧倒的にコストパフォーマンスが優れているからである。コスパで言えば他にももっと良いものはあるけれど、リーガルやスコッチグレインは全国の百貨店なら必ず取り扱っており手に入りやすく、個体差も小さい。

そして本格革靴を買うのであれば、必ず靴磨きグッズも買い揃えるべきである。ただし靴磨きの話をしだすと沼に陥るのでこれ以上はしないでおく。

靴を磨くなんて面倒だなと思うかもしれないが、本格革靴を買うと靴磨きが楽しくてしょうがなくなる。もうこれは実際に買ってみてほしいとしか言えない。

 

まだまだ語り足りないが、ここらへんで終わりにしよう。誰にも求められないことを語るにしても、節度は大事だ。ぼくが持っている革靴について紹介する記事もいつか書きたい。それこそ誰も求めてないだろうけど。