惑星間不定期通信

小説を書いています。本や映画の感想やその他なども書きます。

メキシコ旅行記 三日目「ヘルシーなビーフ・ジャーキーの唐揚げ」

 三日目の朝は二日目と同じようにメキシコ国立自治大学のメンバーと合流し、チョルーラの街のカフェで食事を取った。前日に比べたら体調も良くなっており、ハムと卵の炒め物を半分くらい食べ、薄味のコーヒーを啜った。


 天気も晴れていて、昨日は世紀末のように思えたダウンタウンの街並みも、ただ牧歌的な田舎町に見えるから不思議である。

 

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よく晴れたチョルーラの街はとても穏やかで美しい。

 昨日は実験装置の取り付けやセットアップなどの肉体労働がほとんどだったが、今日は装置をパソコンに繋いでプログラムを走らせる作業が主だったので、体調的には楽だった。

 そもそも、どうしてわざわざメキシコで実験を行わなければいけないのか、ということをいい加減説明しておかなければならないだろう。

 僕が所属する研究グループでは太陽から地球に降り注ぐ素粒子の観測をテーマにしている。太陽から地表に届くまでに大気によって減衰してしまうため、なるべく大気の薄い標高の高い場所が適している。また、当たり前のことだが昼間にしか観測を行うことができないから、日照時間が長い赤道付近が望ましい。


 そんなわけで、メキシコの火山の標高四千六百メートルの場所に設置することが決定したのだが、いきなり火山に持っていくのは無謀なので、このチョルーラの街で試運転することになったのだ。

 あまり知られていないことかもしれないが、メキシコシティがすでに標高二千三百メートルの場所に位置しており、このチョルーラもだいたい同じくらいの標高なので(富士山でいうと5~6合目くらいの高さ)、火山ほどではないにしても日本で実験するよりは良い観測データが取れる。

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街から見える、噴火するポポカテペトル火山(写真左)。形状が富士山に似ているため「メキシコ富士」と呼ばれる。今回観測装置を設置する火山ではない。

 観測装置は3m ・3m・1.7mの直方体であり、日本からメキシコまでは船で運ばれた。数値にしてみるとたいしたことないようにも思えるが、実際に見てみるとこんな大きなものをよく運んだなあと思う。


 実験に使うプログラム自体は日本から持ち込んでいたので、それを走らせてみると観測データを正常に得ることができた。データを得ることができたと教授のホセに伝えると、とても喜んだ様子で先輩を褒め称え、「もう明日には日本に帰ってもいいんじゃないか?」などと大笑いしていた。

 結局、データがうまく取れたのでこの日の作業は早々と終了し、メンバー全員で街に飲みに行くことになった。チョルーラの町はずれへ歩いて行くと、空き地にコンテナハウスのような屋台が並んでおり、それらは全て居酒屋だった。


 メキシコのメンバーたちはテキーラのボトルを注文し、当たり前のようにそれをショットで飲んでいた。ライムに塩をかけて、それを一口かじってショットを飲むのである。僕も試してみたがなかなかにイケる飲み方だった。

 

 つまみはチョリソーやタコ・ソースの掛かったポテトチップスなどだった。体調も多少マシになっていたので僕も少し飲んでいたのだが、ホセが
「こいつはヘルシーだから、グロッキーな君にも大丈夫だ」
 と言って、唐揚げにされたビーフ・ジャーキを差し出してきた。どうしてビーフジャーキに衣を付けて揚げてしまうのだろう? どう考えてもヘルシーなどという代物では無い。メキシコではこれがヘルシーな食べ物なのだろうか。とにかく僕の理解を超えているが、メキシコが肥満大国になる理由はよくわかった。


 この日からメキシコ国立自治大学から新たにハビエロというポスドクの男がやってきており、飲み会に参加していた。ハビエロはとても早口な英語を話すので、僕の英語力だと素面の時は大丈夫だが、酔っ払っていると聞き取れない。


「ハルキ・ムラカミを知っているか」とハビエロは僕たちに尋ねた。
「好きな作家の一人だ」と僕が答えた。

「彼は素晴らしい小説家だ。『ノルウェイの森』を読んだがとても面白かった」

 ハビエロがスペイン語で読んだのか英語で読んだのかは聞きそびれてしまったが、メキシコ人も村上春樹を読むのかと驚いた。しかも『世界の終わりとハードボイルドワンダーランド』ならともかく、『ノルウェイの森』というのは意外だった。日本の大学生の寮生活や学生闘争のくだりなんかは理解できるのだろうか。いろいろ質問したかったが、酔いが回ってきたせいでまともな英語コミュニケーションが出来ず残念だった。

 別の屋台にハシゴして、そこでエルネルストとハビエロが水タバコを吸わないかと僕らを誘った。教授と先輩は断ったが、僕は日本で水タバコをよく吸っていたので一緒に吸うことにした。教授が「やめといたほうが良いんじゃないか」と目配せしたが、僕はその目配せの意味がよくわからず、とりあえず吸ってみた。日本で吸ったトルコ式の水タバコよりもフレーバーが薄かった。


 後で調べてみてわかったことだが、メキシコでは水タバコに麻薬を混ぜて吸うことがあるという。教授もそのことを心配したのだろう。もちろん研究メンバーが堂々と麻薬をやろうぜと誘うわけも無いから、本当にただの水タバコだったと思うけど、メキシコで水タバコを勧められたらそういうこともあるのだと気をつけたほうがいいですよ。あまり役に立つ経験談ではないかもしれませんが。