惑星間不定期通信

小説を書いています。本や映画の感想やその他なども書きます。

メキシコ旅行記 九日目「オノマトペ日本人」

 

 月曜日。今日からまた研究所に通う日々になる。朝はいつものカフェで、源氏パイを巨大にしたようなパイを食べる。どの国でも似たような食べ物があるものだと感心する。

 バス乗り場へと行く途中、装甲車へ乗り込む警察部隊を目にした。彼らはアサルトライフルを斜めに下げていた。こんな田舎町で本格的な武装を目にするとは思っていなかったのでショックだった。アサルトライフルなんて映画の中でしか見たことがなかった。それはまるで冗談みたいに本物だった。モデルガンショップに並んでいるものと見た目は変わらないのに、それは容易に人を殺すことができる。

 平和の基準は国によって違う、と改めて思う。この街では民家の窓には必ず鉄格子が嵌められている。僕は背中を丸め、街を歩く速度を上げた。
 

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この街の通りに面した窓には必ず鉄格子が嵌められている。

 研究の仕事は新しい局面を迎えていた。プログラムを組んでソフトウェア的に進めるフェイズは終わり、次のフェイズに進むためのハードウェアを準備する必要があった。
 つまり、我々の研究計画はこういうことになっていた。まずは小さな実験規模で試運転し、プログラムの正常性などを確かめた後、本番の観測を行うためにハードウェアを拡張する。実験装置はまだその一部のみしか稼働しておらず、配線も行っていなかった。これから全部を稼働させようというのだ。

 ハードウェアを稼働させるといっても、基本的な資材が不足していた。たとえば接着剤やサンドペーパーといったものである。もちろん現地のホームセンターで買えるのだが、メキシコメンバーにお遣いを頼むことになる。

 もっと目の細かいサンドペーパーを用意してくれと指示を出したかったのだが、英語でどう表現すればいいのか分からなかった僕は、
「つるつる! ざらざら!」
 などと擬音語を連発しメキシコメンバーたちを困惑させた。しかしなんとなく伝わったから凄い(凄いのはメキシコ人たちの読解力である)。


 昼休みに暇を持て余したので、特に意味もなくピッチングフォームの練習をしていたら、
「野球をするのか?」とエルネストが僕に尋ねた。
「ああ、ジュニアハイスクール時代は野球チームに入っていた」
 僕は答えた。嘘である。僕はよく意味のない嘘をつく。

 

 そんなたわいのない会話をしていたら結構メキシコメンバーたちと打ち解けることができた。彼らがスペイン語で何か怪しげな会話をしてニヤニヤしたかと思うと、僕にこっそりと耳打ちして、
「メキシコの女の子のことをどう思う?」と尋ねた。
 僕は率直に「みんな結構可愛いけれど、太り過ぎじゃないか」と答えた。僕の答えにエルネストたちは爆笑していた。


 昼食は食堂でアボガドにポテトサラダを詰めたものを食す。メキシコに来て初めてマヨネーズで味付けされた食べ物に出会ったかもしれない。まあ普通に想像通りの味なのだけれど、物足りなくてサルサをかけて食べた。完全に味覚が侵されてしまっている。


 仕事の後はコンテナハウスの居酒屋へ行くことになった。しかし、月曜だからか時間が早いからか分からないがほとんど営業していなかった。適当な店に入りビールを飲む。
 メキシコのビールは安い。酒税が安いのだろうか、だいたい百二十円くらいで飲める。
 コロナビールは日本でもポピュラーだけれど、こちらでも飲まれてはいるが安物のイメージがある。こちらでいう発泡酒みたいな感覚だろうか。ライムを添えて軽く飲むような感じのもので、メキシコで一般的に飲まれているビールはもっとヘヴィなものが多い。僕がよく飲んだのはヴィクトリアやモデロ、レオンといった黒ビールだ。いちおうアサヒビールも見かけた。だが、ビールというのはその国のものをその場で飲むのが一番美味しい。僕は中でもモデロが一番好きで、日本では中々飲めないのが残念である。

 相変わらずメキシコ人はつまみをほとんど食べないので、ポテトチップスにサルサをかけたものだけでビールを5本飲んだ。例のごとくサルサは二種類置かれており、そのひとつをエルネストが舐めると顔を顰めた。
「これは辛すぎる! 君たちは食べないほうがいいぜ」

 その言葉に従いもう一方のサルサをかけたが、こちらもとても辛かった。メキシコに来てから一番辛かった。この店のサルサが異常なのだろう。全く味覚に関しては油断ならない国である。

 ホテルに帰ると雨がひどく降ってきた。雷も響いている。だがそのおかげで、毎晩深夜までうるさかった夜の街の喧騒と花火(あるいは銃声)の破裂音が聞こえなかったのでゆっくり眠ることができた。