惑星間不定期通信

小説を書いています。本や映画の感想やその他なども書きます。

メキシコ旅行記 十三日目「適応するということ」

 

 金曜日。

 今日でメキシコ滞在も半分を過ぎる。見知らぬ国での生活で肉体的にも様々な変化が起こっていた。判別しやすい部分では、髭が伸びた。こちらに来てから一度も剃っていないから、5ミリくらいの長さにまで伸びている。

 体重も減っていた。体重計がなかったので正確には分からないが体感としては3キロくらい減っているように思う。

 そして、日本では一年中悩まされていた慢性鼻炎の症状が全く出なくなった。これには正直とても驚いた。僕はいくつかの花粉アレルギーを持っていて、出かけるときにはポケットティッシュが手放せないくらい鼻炎がひどいのだけれど、メキシコでは一切それが必要無いのだ。植物の種類や気候のせいだろうか。こちらに来て間も無い頃は一刻も早く帰りたいと思っていたが、こうしてみると僕の肉体としてはこの国の方が過ごしやすいようである。
 
 朝食はいつものカフェにてメロンパン、チョリソーとジャガイモのトマト煮を食べる。いつも紅茶を頼んでいるのだが今日はコーヒーを注文してみた。胃に悪いと思って朝からコーヒーを飲むのは避けていたのだが、もともと僕はコーヒー派の人間である。

 店員がわざわざ確認しにきた。どうやら店員に覚えられているらしい。まあ毎日のように来ていたらそうだろう。

 エルネストやアレハンドロたちが研究所に顔を出した。彼らはしばらくこの街に滞在すると言う。普段エルネストたちはメキシコシティの方に住んでおり、ここの研究所に通うには少し遠い。

 彼らはいつも研究所のバンガローに泊まっていると言った。

「お前らもバンガローに来るといいじゃないか。安いぞ」とエルネストは言う。エルネストはバンガローに滞在すること僕らに熱心に勧めた。エルネストは前に僕らが泊まっているホテルの値段を聞いて顔をしかめていたが、なるほどこのバンガローはほとんど無料と言っていいくらいの値段だった。ただし、部屋の清掃などの身の回りの世話は自分でしなければいけない。実際にバンガローを見せてもらうことにした。

 バンガローは研究所の中にある平屋の建物で、10棟ほど存在しておりそれぞれに番号が割り振られていた。部屋は広く3LDKくらいはあり、電気水道はもちろんネットも使えるという。

 住み心地は悪くなさそうだったが、僕は正直今のホテルから移りたくはなかった。バンガローに移るならば先輩と同じ部屋に一緒に住むことになり、他人と同居するのはあまり気が進まなかった。

 僕は決定権を持たないので黙っていたのだけれど、結局バンガローには移らないことになった。研究所はチョルーラの中心から離れているため食事に行きづらくなるし、ネット環境が万全かどうかも分からなかったからだ。軽率にホテルを引き払ってしまうと戻るに戻れないという事態に陥りかねない。バンガローに行かないと決まったときには思わず安堵してしまった。

f:id:daizu300:20120816123841j:plain

研究所のバンガローのある辺りの風景。写真に写った橙色の建物がバンガローだったかどうかは失念。

 夕食は教授が街の中心から外れた通りに飲食店がたくさんあるはずだというのでそちらに行くことにした。だが教授の言葉とは違い、その通りには市場はあるけれど飲食店はほとんどなかった。

 仕方が無いので薄暗い怪しげな居酒屋のような店に入った。店内に踏み入れると寂れた雰囲気が店内に満ちていた。広場の近くのレストランには英語のメニューも置かれているのだが、ここにはスペイン語のメニューしかなく、苦労しながらスープとピザを頼んだ。

 このスープは薄味で美味しくなく、ピザに至ってはスーパーで売っているような冷凍ピザであった。教授と先輩は別のメニューを注文していたが、同じような渋面をしていたので他のメニューも似たようなものだったのだろう。支払いに五百ペソ紙幣を出したら、冴えない眼鏡の店員が困惑し、もっと細かい紙幣は持っていないのかと言った。あいにく持ち合わせが他に無かったのでどうしたものかと困っていると、店員が他の店にまで走って両替してくれた。

 日本では考えられないことだが、海外では街の個人店なんかだと大型紙幣が使えなかったりする。そんな紙幣を流通させるなと思うのだけれど、海外では小銭をたくさん持っておく必要がある。

 息を切らせてまで両替をしてくれた店員に感謝し、冷凍ピザの味については不問にすることにした。まあ、その店には二度と行かなかったのだけれど。