惑星間不定期通信

小説を書いています。本や映画の感想やその他なども書きます。

小説家になる方法

いきなりですが小説家になる方法をレクチャーします。

日頃「小説家になりたい」と思いながらも結局小説家になれず嫌々サラリーマンをやっている僕がそんなことをレクチャーしても何の説得力もないどころかむしろ滑稽でさえあるかもしれませんが、自分で言語化することによりなぜ自分が小説家になれないのか可視化できるのではないかと思います。ということで小説家になる方法を書きます

今回ここで言う『小説家』とはいわゆる同人出版やネット公開ではなく、出版社が出版し著者が原稿料・印税を得る商業出版で生計を立てる職業的小説家のことを指します*1

 

まず、最初に明言しておきますが、小説家になるのは難しくはありません。

 

なぜ小説家になるのは難しくないのか。その理由は小説家になる方法を解説していくことで明らかにしていきたいと思います。

大雑把に言って、小説家になる上での大きな障壁は2つあります。

 

1:技術的な障壁(=小説を書けるかという問題)

2:商業的な障壁(=出版社と契約を結ぶことができるかという問題)

 

1:小説を書くための技術的な障壁について

技術的な障壁について、これは小説を書く能力のことです。小説を読んだことがあっても書いたことは無い人がほとんどだと思います。とりあえず試しに書いてみましょう。ストーリーとかキャラクターとかは後回しにしてとりあえず書いてみてください。

もしいきなり中〜長編小説を書けたのならあなたは天才です。世の中には人生で最初に書いた小説でデビュー出来てしまう、あまつさえそれがこれまでの文壇を揺るがすような、そんな天才がいますが*2、ほとんどの人は原稿用紙数枚、あるいは数行程度書いたところで挫折するでしょう。

だからといって才能がないから小説家になれないというわけでは全くありません。というか、小説家になるのに才能なんていりません。なぜでしょうか?

 

それは、面白い小説なんて書けなくったって、小説家になれるからです。

 

 本屋さんに行ってみてください。面白い小説なんてほとんど売っていません。どこかで見たようなストーリーが平凡な文体で書かれた小説ばかりが並んでいます。ということは面白くない小説しか書けない人間でも小説家になれているということです*3

面白くない小説しか書けない人間でも小説家になれているということは、すなわち面白くない小説でも読む人間がいて商品として成り立っていることを示しています*4

たとえ手垢の付いたストーリーでも、人によっては新鮮に映り楽しむことができるでしょう。昔「世界の中心で愛を叫ぶ」が流行ったとき難病で死ぬヒロインの物語が大量に出回りましたが(現在も生産は続いていますが)、「世界の中心で愛を叫ぶ」を読んでいない人間にとっては、それが模倣だとも気付かず、感動的な物語だと感じることができます。

 新鮮な物語を書く必要なんてありません。

面白い小説なんて書かなくていいんです。

そしてまた、上手な文章を書く必要もありません。最低限読むのが苦痛でなければ、日本語として多少間違っていても良いくらいです。間違っていたら校閲さんが指摘してくれます。間違ったまま出版されている本もたくさんあります。

 

小説家になるために必要な小説のスキルは以下の通りです。

・少なくとも最後まで読ませる程度の求心力があるストーリー

・読むのが苦痛でない文章を書ける文章力

・原稿用紙三百枚程度の物語を書くことができる持続力

 ストーリーを書く上でのルールやノウハウについては、それについて書かれた本やサイトがたくさんあるので、それらを読めば身につきます。

文章力については、読み書きを繰り返していれば次第に向上していくでしょう。最も身につけるのが困難なのは長編を書き上げるための持続力で、これはもういわゆる根気なのでがんばってくださいとしか言えません。出来ない人は出来ないかもしれません。芥川龍之介も長編小説が書けませんでした。その場合は連作短編でも書いてください。

2:小説家としてデビューするための商業的な障壁について

 出版社から出版することで職業的小説家になることができます。漫画家には同人出版だけで生計を立てている人もいますが、同人出版で生きている小説家は多分いないと思います。職業的小説家としてデビューするためにはいくつか方法があります。

 

1:出版社・編集者とのコネを得る

2:スカウトされる

3:新人賞に応募する

 

 1については、例えばミュージシャンや俳優が出版社から打診されて小説を書くとか、個人的に編集者と知り合うとか、もともと出版・マスコミ業界に勤めていた人間が小説家に転身するとか、そういったことを包括してコネと呼んでいます。まあ、普通の人にはまず無理です。現実的な方法としては文壇バーに通いつめるとか、小説を書くためのカルチャースクールや文芸創作ゼミに参加して講師とつながりを得るとか、いまいち確実性に欠けるためあまりおすすめできません。

 

2について、ネットや同人即売会などで小説を発表し、出版業界の人間の目に止まるのを待つという方法です。 一昔前は稀なケースでしたが、最近は「小説家になろう」のようなポータルサイトが現れ、人気作品の著者が出版社からスカウトされてデビューするケースが増えています*5。とはいえネットは小説を読むのに適した媒体とは言い難く、またネットで話題を得るには運の要素も大きく影響します。

 

3がもっとも一般的であり現実的な方法になるでしょう。いわゆる投稿です。地方自治体が主催している新人賞は賞金のみで出版されないケースがありますが、出版社主催の長編小説を対象とした新人賞であれば、受賞=出版が確約されていることが多いです。また、賞にはそぐわないが筆力はあるとして落選した場合でもデビューするケースも少なくありません*6

 

 現在新人を対象とした文学賞は大小合わせて400程度存在すると言われています。その中で出版社主催で受賞すれば出版される賞は、正確ではありませんが100程度はあるのではないでしょうか。各新人賞にはジャンル・作風があり、純文学、エンタメ全般、ミステリ・SFといったように対象される作品が大きく異なります。どの新人賞に応募するかは書き上げた作品によって振り分けれなければいけません。ミステリの賞にSFを送っても落選しますし、純文学の傑作をライトノベルの賞に送っても選ばれないでしょう。また同じジャンルでも様々な出版社が賞を設けており、ミステリで言えば江戸川乱歩賞メフィスト賞アガサ・クリスティー賞などといった新人賞があります。

 

この中でどの賞に応募すればよいか?

 

それは間違いなく受賞しやすい賞に応募するべきです。一般的に新人賞にはいわゆる格というものがあり、乱暴に言ってしまえばスゴい賞とショボい賞があります。

では、何がスゴい賞で、何がショボい賞か。それは出版社の会社としての規模(=初版部数や受賞作に掛ける宣伝費)や、賞としての歴史、審査員の格によって左右されますが、およそ歴代の受賞者を見れば一目瞭然です。

有名作家が数多くデビューしている賞は格が高い賞だと思って間違いありません。ノンジャンルのエンタメで言えば小説すばる新人賞オール讀物新人賞が有名であり、直木賞作家を数多く輩出しています。こういった賞は応募作も多く、受賞作に求められる基準も高いです。応募作のレベルが全体的に低ければ受賞作なしとする場合も少なくありません。

また、純文学系の新人賞には芥川賞候補に選ばれ易い新人賞というのが存在し、それらは新人賞を受賞したあとのステップを見据えた野心的なアマチュア小説家が狙っているため総じてレベルが高くなります。

有名作家が数多くデビューしている賞というのは、受賞作の初版部数が多かったり、出版社がお金を掛けて宣伝してくれたり、他の出版社から声が掛かりやすい賞であるという側面があり、デビューした後のキャリアが整備されている場合が多いです。

ただ、今回レクチャーするのはあくまでも小説家になる方法なので、なった後のことなんて知ったこっちゃありません*7

 新設の賞でも構わないのでとにかく応募しましょう。落選しても翌年応募できないといったペナルティはありません。あまりに酷い作品ばかり送ってくる人間はブラックリストに載るという噂ですが、その場合は応募する出版社を変えれば良い話です。

 

格の高い有名新人賞は言わずもがなですが、新設の文学賞でも最近は数百作もの応募数があるそうです。受賞作が複数ある場合でも100倍以上の倍率を突破する必要があります。ですが、怯むことは全くありません。なぜなら応募作の8〜9割は小説と呼べないような酷いシロモノであるからです。最低限小説でありさえすれば第一関門はくぐり抜けたと言って過言ではありません。そうすると実質的な倍率は10〜20倍程度であり、コンスタントに作品を書き続けて応募し続けていれば、受賞することはさほど難しいことではありません。

 

まとめ:小説家になるのは難しくない、が......。

これまで述べてきたように、技術的にも商業的にも、小説家になることは難しくありません。毎年何百人もの人間が小説家としてデビューしていると言われています。小説家になることは狭き門ではありません。本気でなりたいと思い、そのための傾向と対策を練って作品を書き続ければ必ずなることができると言って良いでしょう。

ですが、十年後に小説家であり続ける人間は1割以下です。ほとんどの人間は書けなくなるか、売れなくなります。さらに小説が売れない時代なのでプロになっても小説家だけでは食べていけない場合がほとんどです。わずかな人気作家のみが専業作家として生きていくことができます。

 

そもそも、なぜ小説家になりたいのでしょうか?

嫌な上司や顧客の顔色を伺う必要がなく、毎朝満員電車に乗らなくてもいいから?

だとすればそれは間違いで、小説家も編集者や読者に振り回され、締切に追われ、売れなくなり書けなくなる恐怖と戦わなければいけません。定収入が無く雇用保障なんてものも一切ありません。

人気作家になって読者から好かれたいから?

人気作家になるには才能と運が必要です。面白い小説を書いたからといって売れるわけではないし、読者はいつまでもファンでいてくれるわけではありません。

小説を書くのが楽しいから、好きだから、という理由で小説家になりたい人が結局一番向いているのではないでしょうか。

面白い小説を書きたいという気持ちは小説家になりたいという欲求とは根本的に無関係です。面白い小説を書けるのなら小説家になんてならなくてもいいじゃないですか。ただし、僕は、そういう気持ちを言い訳にして小説家になれないことを正当化しているきらいがありますが。

 

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*1:僕としては小説を書いたならその時点で小説家だと思うのですが、そういう議論は面倒なのでしません。

*2:例えば村上春樹村上龍などはある日突然思い立って小説を書き、それが「風の歌を聴け」であり「限りなく透明に近いブルー」だったりするのだから、凡人が小説を書く意味なんて多分ないのかもしれません。

*3:かつては傑作を書いた作家が衰えて凡作しか書けなくなる、というパターンもありますが、大体はつまらない小説を書く作家の作品は昔から大したことありません。

*4:ただし多くの純文学作品は作品の質に依らず商品として成り立っていません。今回は芸術としての文芸ではなく、商業的な大衆小説を対象としています。

*5:代表的な例としては「君の膵臓をたべたい」の住野よる。「君の膵臓をたべたい」は新人賞に落選したものをネットに公開して人気を得るという「逆転現象」が起きている。

*6:代表的な例としては「とある魔術の禁書目録」の鎌池和馬ライトノベル系の新人賞(特に電撃大賞)はこのケースが多い。

*7:確かに新人賞には格がありますが、どんな経緯でデビューしたにせよ面白い小説を書き続けていれば小説家としてのキャリアは開けます。例えば山本周五郎賞を受賞しミステリ系のランキング上位の常連である米澤穂信ライトノベル系の角川学園小説大賞を受賞し、受賞した五年後に賞が廃止されレーベルが無くなるという目に遭ったものの、ミステリ作家としての力を評価されてミステリ系一般文芸レーベルから出版する機会を得ました