惑星間不定期通信

小説を書いています。本や映画の感想やその他なども書きます。

ウェディング小説を書きました

ひとつ前の記事にも書きましたが、友人の結婚式で配るウェディング小説を書きました。新郎新婦ともに互いに大学のサークル同期で、僕も同じサークルに所属していました。結婚式への招待とともに「ウェディング小説を書いてくれないか」というオファーを新婦から受けたときには正直に言って面食らいました。

そもそもウェディング小説なんて聞いたことも見たこともありません。どうやらそういうサービスが世の中にあるらしく、ふたりの馴れ初めを描く小説のようです。

 

wedding.life-story.app

 

式場のプランナーからオプションとして提案され、面白そうだと興味を持ったのは良いけれどサンプルを読んだところ新婦曰く、

「わたしたちにはキラキラしすぎていた」

「だから君に小説を書いてほしい」

いや、そもそも結婚式なんだからキラキラしているのは当たり前だろうと。キラキラするために結婚式を開催するんじゃないのかと。心のなかでツッコミました。

しかも、サンプルに違和感を覚えてウェディング小説自体をやめるのではなく、僕のようなアマチュアにオファーするというのも相当な飛躍がある気がしましたが、面白そうだしまあやってみるかと引き受けました。

 

ですが、しばらくしてその難題さに気付きました。小説なのでなんらかの視点で人物の内外を描写しなければなりません。架空の人物ならまだしも、実在の友人になりきって心理描写するというのはどうにも抵抗がありました。しかも恋愛心理というのだからなおさらです。

いっそ現実をメタファーとした完全なフィクション(近未来を舞台にしたSFとか)として描くことも検討しましたが、多様な参列者にそういった「ぶっとんだ話」はリーチしないだろうと思い却下しました。

改めて考えるとウェディング小説というのは達成しなければいけないハードルがいくつもあることに気付きました。

 

・読みやすいものであること(開場から開宴までの短時間で読めるもの)

・老若男女が楽しめるもの

・ふたりの人柄が伝わるもの

 (新郎新婦のどちらか一方しか知らない人も楽しめるもの)

・ポジティブな内容であること

・良い話だったなあ〜という結末に着地をすること

 

・・・とまあ、これらの条件を満たさなければなりません。当然ながらそんな小説はこれまで書いたことがありません。*1

 

安請け合いしてしまったことに後悔しながら一ヶ月ほど途方に暮れ、いよいよ依頼を断るしかなかろうと諦めたその日の朝、ひとつのアイデアが浮かびました。

いっそのこと、僕自身を語り手として、どうしたらいいか途方に暮れた末に虚実をないまぜにして語ることを前提としてしまえばいいのではないか。そのエクスキューズさえあれば何を書いても許されるのでは、そう思ったのです。

小説を書き始めるにあたり、一番悩むのはどういったトーン(あるいはテンション)で語るのかというところなのですが、逆に言えばそれさえ決まれば筆は進みます。

 

森見登美彦のデビュー作である『太陽の塔』にて、奇特な友人を大仰な言い回しで描写することで笑いを生み出すという手法が使われているのですが、それを拝借することにしました。最初は文体も森見登美彦のように近代文学的な古めかしい言葉遣いをあえて使おうと思いましたが、見慣れない言葉を使うと読む人を選ぶことになるので平易な言い回しに書き直しました。

新郎新婦はかなり特徴的なパーソナリティの持ち主だった*2ので、多少誇張して新郎新婦がどんな人間なのかを描写することで前半が書き上がりました。

 

後半は、いよいよふたりがどのようにして交際し、結婚するに至ったかを描きます。あらかじめ交際開始前から結婚に至るまでのA4用紙2枚程度のエピソードをもらっていましたが、いつどこで会ったかという断片的な情報がほとんどで、照れ隠しなのか「お互いに相手のことをどう感じたのか」ということはほぼ書かれていませんでした。

ならば、好きとか愛しているとか、そういった直接的な表現をあえて使わないようにしました。それでいて読めば二人の関係がどのように接近していったのかがわかるものを目指しました。そういう迂遠な恋愛小説のほうが僕は好きなので好都合でした。また、そうすることでウェットにならず、読んだときの気恥ずかしさみたいなものもあまり感じないという副次効果が得られました(たぶん)。

実際のエピソードにフィクション*3を織り交ぜ、なんとかふたりの運命の出会いを描ききることができました。

 

 

書き始めてから1週間ほどで原稿用紙25枚程度の短編が完成しました。原稿を提出したあと製本は新郎新婦に任せたので、出来上がりは当日までわかりませんでした。

結婚式当日、チャペルでの人前式を終えて披露宴会場に入ると、テーブルには冊子がどーんと鎮座していました。

 

テーブルに鎮座する小説

まさかこのような形でいきなりテーブルに置かれているとは思っておらず、引き出物の中に忍ばされていると思っていたのでギョっとしました。さらに、すでに会場入りしていた他の参列者たちが物珍しそうに読んでいる姿を見て、僕はひどく動揺しました。

これまで目の前で自分が書いた小説を何十人もの人間に読まれるということは経験したことがありませんでした。というか、普通はそんな経験しません。プロの小説家だって、リアルタイムで数十人に目の前で読まれるということは経験しないんじゃないか。文学フリマで来場者に品定めとして目の前で読まれることはありますが、同時に複数人来ることはまずありません。

嬉しいような恥ずかしいような、居心地の定まらないまま開宴までの時をやり過ごしていました。披露宴のなかでも、司会から小説についての紹介があったり、新婦のスピーチでも小説の中に書いた何気ないフレーズについて言及され、そのたびにモゾモゾとしていました。さらに僕は余興のギター演奏も依頼されていた*4ので、式の間中ずっとフワフワと浮足立っていました。

 

新郎新婦は(かなりトンデモに描写されたにも関わらず)小説の内容をとても気に入ってくれたようで、参列者の方々からも評判が良いみたいです。僕としてもよく書けたという手応えはありましたが、他人の晴れ舞台を彩るものとして粗末な出来にならずに済んだことにホッとしました。

今回、そのようなウェディング小説が書けたのも、新郎新婦のパーソナリティ的に小説にしやすかったこと、そして冗談が通じる仲であったことが大きいです。例えば、新郎新婦のどちらかしか知らなかったとしたら、書きながら頭の中で「これはやりすぎだろう」とブレーキを踏んでいたでしょう。今回僕はかなり好き勝手書いており、新郎新婦に提出するときも「さすがに怒られるかもしれんな」と思いながら渡したのですが、笑って許してくれました。新郎新婦の度量が大きくて助かりました。

 

次にウェディング小説の依頼があったとしても(絶対ないと思いますが)、上手く書ける自信がないので断ります。安請け合いダメゼッタイ。

今回はたまたま幸運な要素が重なり、たまたま良い小説を書くことができました。

おそらく神様がふたりの前途を祝福してくれたからなのでしょう*5

 

 

P.S.原稿料(代わりの美味しいもの)、待ってます。

 

 

 愛とは何か、という問いの答えはまだよくわかっていない。

 

 中略

 

 おそらくこれからたくさんの面白いことが、

 そして困難も待ち受けているだろう。
 だがふたりでなら、どんな日々も愉快に過ごせる予感がする。

 

 きっと、その予感こそがふたりにとっての愛なのかもしれない。

 

 

 

*1:むしろ、読みにくくて大衆受けしないネガティブな小説ばかり書いている

*2:『普通の人』はウェディング小説なんて作ろうと思わない

*3:新婦がプリキュアにならないかと勧誘されたり、新郎に人工知能がインストールされていたり、ふたりが宇宙空間に飛ばされたりした

*4:もはや八面六臂の活躍と言っていい

*5:とってつけたような〆で結んでおきます