惑星間不定期通信

小説を書いています。本や映画の感想やその他なども書きます。

2017年に読んだ本の感想

年末なので今年読んだ本の感想でも書こうと思い立ったのですが、驚くほど内容を覚えていなくて愕然としました。今年は忙しく体感的には3ヶ月ぐらいで終わったような気がするのですが、30冊程度しか読めていないしその冊数ですら覚えていないということが自分の記憶力の低下を如実に語っているようでつらいです。

読んだ本の記憶が曖昧ですが、だからといっってつまらなかったわけではなく、むしろ今まで読まなかったジャンルの本にも触れることができたので刺激的だったはずなのですが、「刺激的だった」という情報だけが手元に残っている状態に途方に暮れています。記憶の引き出しをひっくり返してなんとか感想を書いていきます。

 

アンナ・カレーニナ〈中〉 (新潮文庫)

アンナ・カレーニナ〈中〉 (新潮文庫)

 

 ■1冊目 「アンナ・カレーニナ 中」トルストイ

アンナ・カレーニナ〈下〉 (新潮文庫)

アンナ・カレーニナ〈下〉 (新潮文庫)

 

 ■2冊目 「アンナ・カレーニナ 下」トルストイ

 去年から跨いでアンナ・カレーニナを読む。実はトルストイはまともに読んだことがなく、ちょっと齧って「あまり好みではないな」と思っていたのですが、そこでいてこのアンナ・カレーニナは物語としては面白いと思ったけれど、トルストイの筆致はやはりあまり好みではないなという結論に至りました。トルストイ写実主義的な描写はあまりにも精緻過ぎて読者の想像の余地を許さないというか、あまりにも説明しすぎてしまっている。同じロシア文学写実主義でもドストエフスキーは人間の極限を描きだしているけれど、トルストイが登場人物たちを追い込む先はキリスト教人道主義の袋小路であり、現代の日本人である僕にとってはやはりピンとこないです。あるいはロシア正教的な価値観をきちんと理解できたら面白いのかもしれない。

 

仮面の告白 (新潮文庫)

仮面の告白 (新潮文庫)

 

 ■3冊目 「仮面の告白三島由紀夫

 三島は何冊か読んで、上に書いたトルストイと同じような感想を抱いていたのですが、徐々に認識を改めるようになりました。つまり、三島由紀夫も非常に理性的で論理的な文章を書いていて、そこにあまり面白みを感じられず、さらに修辞的な文章に辟易としていたのですが、ある時にこの作家の異常性に向かっていく熱量の凄まじさと理性的な文章から出来上がる小説のいびつさに気が付き、一気に引き込まれるようになりました。

この「仮面の告白」も、「金閣寺」と同じようにやはり美に向かい美に憧れる青年を描いていますが、同性愛的な屈折を経て、理性と欲望の不整合性とそれに対する絶望を描く真に迫る筆致が胸に刺さります。

 

マイノリティ・リポート―ディック作品集 (ハヤカワ文庫SF)

マイノリティ・リポート―ディック作品集 (ハヤカワ文庫SF)

 

 ■4冊目 「マイノリティ・リポートフィリップ・K・ディック

 ディックの短編をまともに読むのは初めてかもしれない。長編においてはプロットから逸脱した小説的混迷とも言うような「わけの分からなさ」が見え隠れするけれど、短編は意外と(?)きちんと起承転結がありSF的なオチもある。とはいえ、自分自身が立脚する世界が揺らぐようないわゆる「ディック感覚」は短編においても存在している。

 

ガラパゴスの箱舟

ガラパゴスの箱舟

 

 ■5冊目 「ガラパゴスの箱舟」カート・ヴォネガット

 まともな小説じゃないです(褒め言葉)。

ジョークのように語られるジョークみたいな物語。最高でした。

 

カオスの紡ぐ夢の中で (〈数理を愉しむ〉シリーズ) (ハヤカワ文庫NF―数理を愉しむシリーズ)

カオスの紡ぐ夢の中で (〈数理を愉しむ〉シリーズ) (ハヤカワ文庫NF―数理を愉しむシリーズ)

 

 ■6冊目 「カオスの紡ぐ夢の中で」金子邦彦

 複雑系科学者である金子邦彦の「複雑系とは何か」ということを解説していない本書は科学書なのかエッセイなのかそれとも壮大なジョークなのか、複雑系科学、古今東西の文学、物理学が混沌と煮込まれており、とにかく余人には理解しがたいけれどそれ自体が複雑系とは何かを物語っているのではないか、と思わせるものの、金子先生と弟子の円城塔のせいで複雑系に対する偏見が助長されているだけな気もする。

 

騎士団長殺し :第1部 顕れるイデア編

騎士団長殺し :第1部 顕れるイデア編

 

 ■7冊目 「騎士団長殺し :第1部 顕れるイデア編」村上春樹

騎士団長殺し :第2部 遷ろうメタファー編

騎士団長殺し :第2部 遷ろうメタファー編

 

 ■8冊目 「騎士団長殺し :第2部 遷ろうメタファー編」村上春樹

 正直に言って村上春樹の新作には失望しました。「1Q84」も「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」も「世界の終わりと、ハードボイルド・ワンダーランド」や「ねじまき鳥クロニクル」といった代表作ほどの目新しさはないものの、新たな試みが感じられたのに、この「騎士団長殺し」に何か新しい要素なんてあっただろうか? 異世界につながる井戸、妖精っぽい小人、たどたどしい喋り方の少女、具体性のない金持ち、すべて過去作で見たことのあるモチーフでしょう。アトリエとギャッツビー的豪邸を行き来するだけの物語にはダイナミズムもなく、オチは少女のかくれんぼ。なんじゃそりゃ。

 

月は無慈悲な夜の女王 (ハヤカワ文庫 SF 207)

月は無慈悲な夜の女王 (ハヤカワ文庫 SF 207)

 

 ■9冊目 「月は無慈悲な夜の女王ロバート・A・ハインライン

 古典SFには今読んでも面白いものとそうでないものがありますが、こちらは後者でしたね。

 

疫病と世界史 上 (中公文庫 マ 10-1)

疫病と世界史 上 (中公文庫 マ 10-1)

 

 ■10冊目 「疫病と世界史 上」ウィリアム・H・マクニール

疫病と世界史 下 (中公文庫 マ 10-2)

疫病と世界史 下 (中公文庫 マ 10-2)

 

 ■11冊目 「疫病と世界史 下」ウィリアム・H・マクニール

 かつてアメリカ大陸へ渡ったヨーロッパの入植者たちが先住民族たちを圧倒できたのは文明の力だけでなく、彼らがもたらした伝染病に拠る所が大きい。それは教科書にも載っている事実だが、しかしなぜ先住民族たちはヨーロッパの伝染病に対する免疫を持っていなかったのか。逆に、新大陸に存在する病原体に入植者たちが苦しめられなかったのはなぜか。歴史の上で見落とされていた疑問について、まるで数式を解くかのように丁寧に因果を追っていく。歴史には因果がある、という当然の事実に気付かせてくれたマクニールは、この本でも蒙を啓かせてくれた。

 

ゲンロン0 観光客の哲学

ゲンロン0 観光客の哲学

 

 ■12冊目 「ゲンロン0 観光客の哲学」東浩紀

 2017年に読んだ本の中で最も面白かったのは東浩紀の数年ぶりの小説以外の単著であり集大成とも言えるこの一冊。外部−内部、ナショナリズムグローバリズムの域外にある「観光客」という概念を論じた本書は、デビュー評論であるソルジェニーツィン試論から小説「クォンタム・ファミリーズ」に至るまでの東浩紀の著作全てが本書へとつながる補助線だったかのような一貫性を持っており、鮮やかな手際で伏線が回収されていく推理小説のような知的興奮に満ちている。既存の対立関係を俯瞰するような「観光客」という概念は、批評家として活動していた際の物事をメタ的に捉える視点が発揮されているなあと思う。何より専門的な用語が使われる『哲学書』でありながら門外漢の僕でも夢中になって読ませられてしまうようなリーダビリティが素晴らしく、抽象的概念を現実世界とリンクさせる文章は優れた小説の比喩表現のようでもある。

 

燃えつきた地図 (新潮文庫)

燃えつきた地図 (新潮文庫)

 

 ■13冊目 「燃えつきた地図」安部公房

 謎を解き明かす存在である探偵が気付けば自らも謎に囚われてしまう、というのは捻くれているが現代ミステリにはよくあるパターンだが、この小説においては謎は何一つ解き明かされず、不透明なゼラチン質にずぶずぶと飲み込まれていくような不安感に満ちている。知らない街の路地に迷い込んでしまったかのような疎外感・孤独感に包まれ、現代的な都市の排他性を描いている。

一昔前はこういう不安が街の中に潜んでいたと思うのだけれど、グーグルマップがそれを駆逐してしまったのでは、とふと思いました。

 

個人的な体験 (新潮文庫 お 9-10)

個人的な体験 (新潮文庫 お 9-10)

 

 ■14冊目 「個人的な体験」大江健三郎

 大江健三郎はデビュー直後の短編を数作しか読んでいなかったが、この作品は文学的な閉じられた世界から、作者の実体験と実存的テーマを結びつける格闘の始まりとも言える。いかにもなビルドゥングスロマン的な物語の結末に三島由紀夫は落胆したらしいが、せめて小説の中にある「(作者の)個人的な体験≠小説における個人的な体験」においては希望を置いておきたかったのではと思う。

 

高慢と偏見〔新装版〕 (河出文庫)

高慢と偏見〔新装版〕 (河出文庫)

 

 ■15冊目 「高慢と偏見ジェイン・オースティン

 世界十大小説を読むプロジェクト。馴染みのない英国貴族の恋愛描写が現代においても非常に面白いのは、普遍的な人間の機微を巧みに描き出しているからだろう。意地汚い身内に対して羞恥と蔑み。理知も無く空気も読めない男でも莫大な遺産相続人だからという理由で結婚する親友に対する容赦ない描写。ユーモラスでありそれでいて正確な人物描写が、物語の肝となる「なぜダーシーはエリザベスを愛することができないのか」に結びついていくのは、ただひたすらに脱帽。今のところ世界十大小説は「ボヴァリー夫人」を除いて全て面白いです。

 

ノルウェイの森 上 (講談社文庫)

ノルウェイの森 上 (講談社文庫)

 

 ■16冊目 「ノルウェイの森 上」村上春樹

ノルウェイの森 下 (講談社文庫)

ノルウェイの森 下 (講談社文庫)

 

 ■17冊目 「ノルウェイの森 下」村上春樹

 何度目か分からない再読。「ノルウェイの森」は村上春樹の小説ではほとんど唯一のリアリズム小説であり、幻想的なモチーフや超常現象は起こらず、現実的な感情や死という現象を取り扱っている。しかしそれでいてこの小説世界は現実ではなく村上春樹の世界としか言い様がないのは、小道具やモチーフに頼らずともその世界観に接続できる力があるからであり、ある意味では「騎士団長殺し」の対極に位置していると言えるかもしれない。

 

大いなる眠り (1959年) (創元推理文庫)

大いなる眠り (1959年) (創元推理文庫)

 

 ■18冊目 「大いなる眠り」レイモンド・チャンドラー

 推理小説のエポックメイキングとして。事件としては何だか大したことないというか行き当たりばったりですが、ただただフィリップ・マーロウがカッコいいということに尽きます。

 

天使 (文春文庫)

天使 (文春文庫)

 

 ■19冊目 「天使」佐藤亜紀

 やはり佐藤亜紀は読者に優しくない。物語の時間は大した説明もなくあちこちに飛び回り、主人公の持つ「能力」も具体的には説明されない。それでもこの小説から目を話すことが出来ないのは小説に満ち満ちている愉悦に拠っている。とはいえちょっとしんどかったです。

 

白鯨 上 (岩波文庫)

白鯨 上 (岩波文庫)

 

 ■20冊目 「白鯨 上」ハーマン・メルヴィル

白鯨 中 (岩波文庫)

白鯨 中 (岩波文庫)

 

 ■21冊目 「白鯨 中」ハーマン・メルヴィル

白鯨 下 (岩波文庫)

白鯨 下 (岩波文庫)

 

 ■22冊目 「白鯨 下」ハーマン・メルヴィル

衒学的というよりはごった煮という言葉の方が似つかわしいような、作者の知識があちらこちらへ飛び回る節操の無さが魅力的であり、躁的とも言えるような饒舌な語り口による鯨トリビアとモビーディックに対するエイハブ船長の執念を描く主旋律的な物語はどう見ても噛み合わなっていないのに、その噛み合わなさが何故か面白い。

 

人生論 (新潮文庫)

人生論 (新潮文庫)

 

 ■23冊目 「人生論」トルストイ

 結局同じことを何度も繰り返しているだけなので、冒頭だけ読めば良いです。老人の妄言ですね。

 

ゲームの王国 上

ゲームの王国 上

 

 ■24冊目 「ゲームの王国 上」小川哲

ゲームの王国 下

ゲームの王国 下

 

 ■25冊目 「ゲームの王国 下」小川哲

 上巻までは文句なしに面白い。クメール・ルージュの虐殺の歴史とマジック・リアリズムを巧みに織り上げる手腕は素晴らしく、まだ若い作者に嫉妬さえ感じてしまう。ただ下巻からのSF要素が、前半にて丁寧に描写したカンボジアの歴史と微妙にギアが合っていないように思えてしまい非常に残念だった。SFガジェットの骨子となっている学術的な描写が資料の引き写しに見えてしまったのが原因だろうか。とはいえ次作が非常に楽しみであり、今後目が離せない作者であることは間違いない。

 

宇宙からの帰還

宇宙からの帰還

 

 ■26冊目 「宇宙からの帰還」立花隆

 宇宙飛行に関する説明も細かく、何度も危機的状況に陥りながらも無事に帰還することができたアポロ13号のエピソードは手に汗握るような臨場感に満ちているが、それよりも何よりも、宇宙から帰還した宇宙飛行士を個人として捉え、彼らの内面的変化にスポットを当てた点が素晴らしい。地球を外側から見つめたことにより神的存在を自覚し宣教活動に打ち込むもの、月面歩行第一号者になれなかったオルドリンの人生。宇宙飛行士と言えば身体的・知能的にも非常に優れたエリートたちであるが、宇宙飛行の体験が人生に大きな影響を与えている。

 本書が非常に面白かったので、これからはノンフィクションも読んでいこうと思った次第です。

マーケットの魔術師 大損失編 ──スーパートレーダーたちはいかにして危機を脱したか

マーケットの魔術師 大損失編 ──スーパートレーダーたちはいかにして危機を脱したか

 

 ■27冊目 「マーケットの魔術師 大損失編」アート・コリンズ

趣旨が趣旨だからしょうがないんですが、大損失編と銘打っていますが結局はスーパートレーダーの話なんで大して損失していないというか、ダメージが少ないんですよね。多分僕は人生がめちゃくちゃになったトレーダーの話が知りたかったんだと、読み終えてから気付きました(遅い)。

 

春の雪―豊饒の海・第一巻 (新潮文庫)

春の雪―豊饒の海・第一巻 (新潮文庫)

 

 ■28冊目 「春の雪 豊饒の海第一巻」三島由紀夫

 三島由紀夫の大長編小説であり遺作でもある豊饒の海を読む。第一巻は華族の男女の恋愛を描く。三島由紀夫の作品にしては美への執拗なまでの希求が薄い気がするものの、その分物語性が強固になっており、情熱とは遠い場所にいたはずの主人公清顕が禁じられた恋へと堕ちていく運命を必然へと象っていくさまは恐ろしささえ感じるほど見事。それでいて後の巻へと読み進めると分かる伏線が散りばめられており、物語のダイナミズムも素晴らしい。何よりも、日本的なものを日本的な視線と描写で捉えているのに、もはや世界文学の域まで達していることに慄然とする。

 

旧約聖書入門―光と愛を求めて (光文社文庫)

旧約聖書入門―光と愛を求めて (光文社文庫)

 

 ■29冊目 「旧約聖書入門ー光と愛を求めて」三浦綾子 

新約聖書入門―心の糧を求める人へ (光文社文庫)

新約聖書入門―心の糧を求める人へ (光文社文庫)

 

 ■30冊目 「新約聖書入門ー心の糧を求める人へ」三浦綾子

キリスト教の基礎教養を得たくて読みました。キリスト教というよりはキリスト教信者の考え方、スタンスを学ぶことができたのは良かったです。ただ、教派も多いし、そのスタンスも違っているのでこの本から学んだことが全てではないはずなので、結論としては原典(聖書)を読まないと駄目ですね。

 

奔馬―豊饒の海・第二巻 (新潮文庫)

奔馬―豊饒の海・第二巻 (新潮文庫)

 

 ■31冊目 「奔馬 豊饒の海第二巻」三島由紀夫

 豊饒の海の第二巻。第一巻のおよそ20年後が描かれる。第一巻の登場人物が年相応に世間擦れしてしまっているのに対し、清顕の生まれ変わりである勲の清冽さが眩しい。味方だったはずの周囲の皆に裏切られてもその眩しさは変わらない。誰もが最善を尽くしたはずなのに勲が望む正義が果たされない必然へと追い詰められていくさまは、まるでブレイキング・バッドのようだと気付かされる。日本の近代文学でこんな感想を抱くなんて予想していなかった。

全く退屈することなく、この長編を読み通すことができそうで、来年も楽しみです。