惑星間不定期通信

小説を書いています。本や映画の感想やその他なども書きます。

佐藤究『テスカトリポカ』 虚構を現実に、現実を虚構たらしめるもの

 

 

大傑作である。

 

第165回直木賞、第34回山本周五郎賞同時受賞。

受賞したこと自体はこの作品の凄さを物語らない。殆どの直木賞受賞作なんて文学史からすれば大したことのない作品ばかりだ。本作はこの内容で直木賞を受賞したことが凄いのだ。

直木賞芥川賞と並んで一般的にもっともメジャーな文学賞であるが、どういう作品に与えられるかは意外と知られていない。直木賞は大衆文学(エンターテイメント)を対象とし、十数年前までは中堅作家の円熟した作品に与えられる賞として、しばしば旬を逃した作家・作品が受賞していた。僕自身も直木賞作品は殆ど読んでこなかった。

直木賞はメジャーな文学賞なので受賞作は売れる。だからこそ、売れてほしい作品が選ばれる傾向がある。もちろん筆力、時代性、社会性といった面が第一で評価されるが、多くはまっとうな「大衆的な」作品が選ばれてきた。

だが本作は全く大衆的ではない。麻薬、児童臓器売買といったヘビーな題材を扱う本作にはモラルを持ち合わせた人間は殆ど出てこない。目を背けたくなるような暴力的・残虐的なシーンも多く、弱者が徹底的なまでに虐げられる場面ばかりだ。闇社会の資本主義が本作のテーマであり、大多数の人間に好かれる作品では決してないだろう。

候補作が出揃った段階で『テスカトリポカ』は圧倒的な質の高さから書評家たちから大本命とされていたが「果たしてこの作品が直木賞にふさわしいかという観点で考えると難しいかもしれない」とも言われていた。

だが『テスカトリポカ』はそんな心配は物ともせず、ねじ伏せるような形で直木賞を受賞した。審査員からも「文学とは人に希望を与えるものではないか」という反対意見が挙がったらしいが、「この悲惨は現実で起きていることであり、目を背けてはならない」ということになり受賞に至ったという。

 

そう、この作品の何が凄いかと言えば、虚構を現実に、現実を虚構たらしめる力である。

 

舞台はアメリカ国境の近くメキシコのクリアカンの街から始まる。麻薬カルテル自治部隊が衝突するこの街に生まれた少女は、兄をカルテルに殺され自由を求めてメキシコから川崎へと流れ着く。そして少女は暴力団員との間に子をもうけたが、やがて自分自身も薬物中毒へと堕ちてゆく。その子ども、土方コシモが本作の1人目の主人公である。コシモは生まれ持った怪力を持て余し、ある日激高し自分を殺そうとした父親を殺し、薬物中毒の幻覚の中で刃物で襲いかかる母親も素手で殺してしまう。そして少年更生施設へと送られ、怪力の他にもうひとつ生まれ持った才能である手先の器用さで彫刻を彫り続けながら出所の時を待ち続ける。

また、もうひとりの主人公であるバルミロ・カサソラは3人の兄弟ともに巨大麻カルテルのボスとして君臨していたが、敵対するカルテルの急襲により他の兄弟は全員死に、バルミロもすべてを失ってジャカルタへと逃れる。そこで出会ったひとりの男と共に日本へ渡り、新たな闇ビジネスを手掛かりに裏社会で返り咲くことを目指す。

この作品で扱われている麻薬取引の実態や臓器売買に関する事は現実に起こっていることである。作中では暗号通貨やGPS、ドローンといった最新技術を用いた取引方法が描かれる。作者の佐藤究氏は直木賞受賞の場で友人である危険地帯ジャーナリストの丸山ゴンザレス氏に感謝を述べていた。丸山ゴンザレス氏といえばテレビ番組「クレイジー・ジャーニー」で麻薬・銃取引やスラム街の実態を身一つで取材してきた人間である。丸山氏が取材していたメキシコ・ファベーラの街も本作に登場する。

『テスカトリポカ』はもちろん小説ではあるが、その文体はルポタージュに近い。レトリックを極力廃し会話文も殆どない。膨大な資料と取材によって形成されたバックボーンはとても強固なものであり、現実感と緊張感に満ちた描写によって物語られる。メキシコの麻薬戦争を描いた「ボーダー・ライン」という映画があるがそれに引けを取らない緊張感に満ちている。

 

youtu.be

だがこの作品の魅力は、その現実感と両立した飛躍的なフィクションにある。タイトルの「テスカトリポカ」とはメキシコ先住民のアステカ文明の神のひとりである。バルミロは祖母から自分たちはアステカの戦士の祖先であるとして幼少期からアステカ神話を刷り込まれた。バルミロは敵対する人間を殺し、その心臓をテスカトリポカの神に捧げる。その呪術性と現実に則した闇社会ビジネスが互いに結びつき、フィクションの飛躍性と現実性を両立させることに成功させている。

バルミロと土方コシモが出会うとき闇ビジネスがテスカトリポカの神話のメタファーだったことが明らかになり物語は急展開を迎える。

小説を読んで息を呑み鳥肌が立つ体験をしたのはいつぶりだろうか。物語の先が気になって深夜まで読み耽ったのはいつぶりだろうか。心躍るような読書体験ーーありきたりな表現だが、本当に読書をしながら心が躍るなんて人生であと何回あるだろうか。そして、そんな体験を日本の現代作家の作品で得られるとは思わなかった。

直木賞を受賞したことでこの作品はより多くの人が読むだろう。そして多くの人がこの作品で描かれる現実とフィクションを直視できずに読むのをやめるだろう。だがそれでも多くの人の手に届き、日本文学の新たな可能性を見出す人が増えることを願う。

Oriental ShoemakerのARANを購入しました。

planetarywords.hatenablog.com

前回の記事で何を買うべきか悩んでいると書きましたが、購入してしまいました。

Oriental ShoemakerのARANです。

oriental-shoemaker.com

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どうですか? 我ながら素晴らしい靴だなあと思います。

公式インスタグラムで「イギリスを意識している」という旨のコメントがありましたが、おそらくクロケット&ジョーンズのモールトンが下敷きになっているのではないかと思います。

 

モールトンはこちら。

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前回の記事で紹介したように、最近の流行りなのかゴルフやシャンボードのようにぽってりとした丸いフォルムのUチップのモデルは多いのですか、ARANやモールトンのようにつま先にいくにつれシャープになっているUチップは少ないようです。モールトンは名作とされながら廃盤となっており、後続モデルとされているWEXFORDは少し丸みを帯びたゴルフに近い形となっていますので、やはり世間的にはそういう流れのようです。

モールトンにはない、ARANの大きな特徴は外羽根の真ん中からと、踵からの交差するパターンになります。こういった外羽根の真ん中を切るような縫い目のパターンはかなり珍しいですが、エレガントさを演出しているのではと思います。

色は黒と茶が展開されており僕が購入したのはご覧の通り茶色になります。黒は普通のボックスレザーですが、茶色は型押しされたワックスドレザーになります。こちらはホーウィン社のアーリントンレザーではないかという情報がありますが公式には明らかにされていません。難破船から見つかった、今はもう製造方法が失われてしまったロシアンレザーというものがあるのですが、それに似た風合いを持っています。

 

型押しレザーの靴は初めてですが今からエイジングが楽しみです。

履いてみたかんじがこちら。今まで購入直後に履いてみた画像を残していなかったので、今回は気合入れて一眼レフで撮りました。いずれエイジングした画像もご紹介できたらと思います。

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このままだと革靴ブログになってしまうので、そろそろ本について話したいですね…。

ほしい靴は何か、そして何を買うべきか

いきなりですが革靴に限らずファッションというものは結局のところ自己満足なのではないでしょうか。

合コンや初デートならともかく、他人の服装をジロジロと細かい点まで見ることはしないでしょうし、他人からどう見られるかなんてそんなに気にしないでしょう。学生の頃だったら気にしてたかもしれませんが社会人にもなるとどう見られるかよりも自分自身がアガるかどうかが服装を選ぶ基準になっている自分がいます。

となると何を身に付けるのかは自分が満足できるか否かという尺度で測るべきであり、自分が満足できれば何も着ていても良いのです。逆に言えば自分が満足できないなら、どれだけ高価なブランドでも意味がないことになります。

衣服や装飾品などは意匠権を主張するのが難しいらしく、ひとたび人気の製品が生まれるとそのコピー品が次々に作られます。身につけている人がコピーでも満足できているならオリジナルを買う必要はないですし、逆にオリジナルが着たいのに金銭的な理由でコピー品で我慢するのは自己満足度の尺度で言えばあまり良い選択肢ではないでしょう。

革靴の価格の差による違いは前の記事で述べましたが、カジュアルな革靴では高級ブランドもそれを模した国内のブランドもあまり差はありません。ソールやヒールといった部位のディティールはカジュアルでなくドレッシーな靴に用いられるものであるため、カジュアル靴で差を付けるとしたら主には革の質になります。ですが革の質の差は素人目にはわかりにくいものです。手にとってまじまじと見ればいざ知らず、履いている状態ではまずわからないでしょう。

そうなってくると高級ブランドのカジュアル革靴を履くのはまさに自己満足です。その価格の価値とは「俺はいまXXXの靴を履いているんだぞ」という心持なわけです。(XXXにはジョンロブとかJ.M.ウェストンとかエドワードグリーンとかが代入されます。)

しかし前述のとおり満足できるなら何でも良いんです。別に十万円を超えるような靴でなくても良い。とはいえ、そうもいかないのが現実です。

実際に例を見てみましょう。並べてみます。

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いずれも黒のエプロンフロントダービー、いわゆるUチップの靴です。というか、いま僕がほしい靴です。例のごとく「全部一緒じゃん」という声が聞こえてきそうですが、一つずつ見ていきます。

 

jmweston.jp

一番上は名作と名高いJ.M.ウェストンのゴルフです。さいきんやたらとファッション系YouTuberが取り上げていますが流行っているんですかね? 13万を超えるので僕の財力ではおいそれと買うことは出来ません。しかし革靴ブログをやっているひとたちは何足もこの靴を持っているんですよね…。それだけと魅力と価値があるのでしょう。 

 

www.paraboot.com

二番目はフランスのメーカーParabootのシャンボードです。公式サイトの翻訳が微妙なのと文字化けしているのとで怪しげな印象を受けますが、由緒正しいフランスの靴メーカーです。「フランスの宝石」と呼ばれるリスレザーの独特の質感は唯一無二です。こちらは現在7万ほど、並行輸入品だと5万を切るものもあります。購入一歩手前まで気持ちが傾いていたのですが、試着して足に合わないので止めました…。欧米人向けなのか、とにかく日本人の足にはあまり合わないようで、みんな我慢して履いているようです。僕はそんなオシャレ忍耐力はないので諦めます。

 

42nd-onlinestore.com

その次は42ND ROYAL HIGHLAND ExplorerのCHN6401F-01です。こちらは情報も少なく東京でないと実物が見られないのでよくわからないのですが…最初写真を見たときに「シャンボードじゃん!!」と思ってしまいました。ノルウィージャンでリッジソール、やっぱりシャンボードじゃん! こちらは4万円弱で購入可能です。中国製。

 

www.rendo-shoes.jpお次はRENDOのGB001になります。こちらは浅草のメーカになります。シャンボードが足に合わなかった人におすすめ、というブログ記事を読み、気になっているところです。地方だと手に取れないのが難しいところ。寡聞にもRENDOというメーカをあまり存じ上げなかったのですが、リーズナブルで細かい注文にも対応してくれるパターンオーダーが非常に評判が良いみたいです。名古屋でもオーダー会やってくれないかな…。

 

oriental-shoemaker.com

最後も日本のメーカ、奈良のOriental ShoemakerのARANです。他のものとモカのタイプが(たぶん)異なるので、ちょっと異質ですね。サイドの縫い合わせのパターンが特徴的でエレガントで、カジュアルの中に上品な印象を与えます。こちらもかなーり気になっています。Orientalの靴は名古屋でもトレーディングポストさんで取り扱っているので、こちらも置いてあるかも。

 

結局こうやって並べてみてもやっぱり結論なんて出ません。ゴルフはやっぱりカッコいいし、RENDOだってOrientalだって良い靴なんです。本人が満足できるなら何でも良い。じゃあ何なら満足できるんだ、それがわからないから困っているわけで。つまりはこの記事は出発点から五里霧中だったということです。

つまるところ、結論は買ってみて長年履いてみてわかるってことでどうでしょうか。そんな結論じゃ意味がないわけで…。

革靴のことを語ろう「REGAL TOKYO サイドゴアブーツについて」

今日も革靴について語ります。所有する靴について語るシリーズ。前回はベタでしたが今回はちょっとマニアックです。3年前に購入したREGAL TOKYOのサイドゴアブーツを紹介します。

 

写真はこちらです。後ろにみかんのダンボールが見切れてたりラグがボソボソだったりしますが気にしないでください。

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非常に革質が良く、磨き上げるのが楽しいです。全カラス仕上げの靴底が渋い。

 

REGAL TOKYOとは?

REGAL(リーガル)といえばもはや説明不要の日本最大手革靴メーカであり、全国の百貨店の紳士靴売場に必ず置いてあります。REGALは低価格帯から幅広くラインナップを揃えており、就活でとりあえず革靴は何を買えば良いのか分からず勧められるままREGALの1万円前後の革靴を購入する学生はたくさんいると思います。僕もそうでした。

そんなわけであまり革靴に詳しくない人にとってはREGALは入門メーカーで安価なイメージがあるかと思います。ですがREGALはその企業力を生かし、01DRCDに代表されるような革質・縫製ともに優れたコスパの良い靴を揃えています。

 

shoes.regal.co.jp

そしてREGALには高級ラインのブランドとしてシェットランドフォックスとREGAL TOKYOが存在しています。シェットランドフォックスは全国の百貨店でも取り扱いがありますがREGAL TOKYOは基本的にパターンオーダーやビスポークが主で、既製靴は銀座の直営店のみの取り扱いとなります。その既製靴もネットでは購入することが出来ず、ラインナップも公式ブログで散発的に紹介されるだけで、どんなものがあるのかよくわかりません。

今回の靴はそんなREGAL TOKYOの既製靴になります。どれだけレアかわかっていただけましたね?

 

サイドゴアブーツについて

サイドゴアブーツとはその名のとおり靴の側面に伸縮性のあるゴア素材を使用したブーツです。ビートルズが着用していたことで有名であり、別名チェルシーブーツとも呼ばれます。ハイカットの革靴は脱ぎ履きが大変ですが、サイドゴアブーツはなんと靴べら無しでもスッと履くことが出来ます。革靴でしかもブーツなのにこの楽ちんさにはちょっと感動します。雨靴のような見た目ですがモデル自体が耐水性を意識したものではないのでご注意を。
 

 REGAL TOKYO サイドゴアブーツについて

そんなわけでREGAL TOKYOのサイドゴアブーツです。ネットで調べてもモデル自体の記事はほとんど出てきません。なので詳細はよくわからないのですが、良い靴だということは確かです(なんだそのレビュー)。

ゴア素材を使っているのでカジュアルになるかと思いきや、正面から見ると一枚皮の面積が大きくスマートな印象を与えます。扱いやすさに反して綺麗目に履けるのが素晴らしい。

 

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履いてみた感じ。正面から撮れてなくてすみません。

比較的手に入りやすいシェットランドフォックスでもサイドゴアブーツは出ていますが細身な印象があり、ほしいイメージとは違いました。僕としてはもっとボテっとしたシルエットのサイドゴアを探しており、東京に訪れた際に銀座のREGAL TOKYOに立ち寄って購入しました。嘘です、ほぼREGAL TOKYO目当てで東京に行きました。名古屋から来たことを店員さんに伝えると丁寧に説明していただき、なんと購入した靴をその場で磨いていただきました。もうREGAL TOKYOのファンになりましたね。中々気軽には行けないのが難点ですが…。

 

そんな攻守(?)ともに最強のサイドゴアブーツ、ぜひともおすすめです。

手に入れやすさで言えば下記のモデルはいかがでしょう。(安価とは言っていない)

shoes.regal.co.jp

crockettjones-store.com

革靴のことを語ろう「Tricker's MALTONについて」

友人に革靴を勧めていたら自分の中で革靴熱が再燃してしまった。だいたい革靴は秋〜冬にしか履かないので夏は熱が冷めているのだけれど…

前回の革靴について語った記事はこちら。

planetarywords.hatenablog.com

前の記事では結構間違ったことを書いていたりして反省…。自分のにわかっぷりを改めて実感したわけですが、アウトプットして勉強していくしかないですね。もはやなんのための勉強かよくわからないですが。

 

というわけで去年の冬(12月)に買ったTricker's MALTONについて書きます。

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購入直後でテンションが上って撮った写真です。Tricker'sウィングチップカントリーブーツといえばこのACORN ANTIQUEカラー!

購入時期で気づく方もいるかもしれませんが冬のボーナスで買いました。正規輸入品の定価だと88,000円ですが、僕が買ったのは楽天市場並行輸入*1、しかもセールだったので35,000円位で買いました。

 

 Tricker'sとは?

いまさら書く必要がないくらい大手メーカーなのでさっくりと。詳しくは公式サイトかセレクトショップの説明を見てください。革靴制作の聖地イギリス・ノーサンプトンの最古のメーカーのひとつ、なんと創業1829年*2です。英国王室御用達の称号を得ており、Tricker'sと言えば頑強なカントリーシューズが有名です。

 

Tricker's MALTONとは?

 そんなTricker'sの中でもMALTONと言えばド定番中のド定番、トヨタで言えばカローラフェンダーで言えばストラトキャスターです(反論を猛烈に呼びそうな例え)。おまけにACORN ANTIQUEは一番スタンダードな色で、要するに僕はTricker's中のTricker'sを購入したわけです。天の邪鬼な性格ですが、道具はわりとスタンダードが好きなので…。

写真を見るとわかるようにMALTON*3はカントリーブーツになります。靴全体にブローギングが施され、アッパーとコバの周りはストームウェルトと言われるウェルトが巻かれ、雨水を防ぐ作りになっています。靴底はレザーソールではなくあえてダイナイトソールにしました。頑強さを求めるならレザーソールよりもダイナイトソールにするのが実用的だろうという考えです。あとはレザーソールの靴は他にも持っていて手入れが面倒だったので。

 

 購入してみての感想

 はじめ僕はカントリーシューズを購入するつもりはなかったんです。そもそもブローギングが多い靴はあまり好みではありませんでした。ましてやカントリーブーツなんて、カウボーイじゃないのになんでそんな穴が空いたブーツ履いてんの?とさえ思っていました。猛省。

そこからどうして興味を持ったのかは覚えていないのですが、革靴紹介サイトや動画などで「Tricker'sはいいぞ」という沼からの声を聞き続けたせいな気がします。興味を持って商品写真を見てみたら、「あれ…めちゃくちゃカッコいいのでは…?」と感じるようになってからはもう駄目ですね。気がつけばカートに入っていました。

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履いてみるとこんな感じ。立って撮れよ。

この靴の魅力は単体で見るよりも、履いてみたときのシルエットやエイジングしたときのこなれ感にあると思います。やはりカントリーシューズなので棚に飾って眺めるよりもガシガシ履かれる姿がカッコいい。 そういう意味ではレザーソールではなくダイナイトソールにして正解でした。

半年間ほぼ一日おきに履き続けた結果が下記の写真です。クリアーとバーガンディのクリームを併用してアンティーク感を出そうとしています。履いてみて思ったのが「革質が思った以上に良い」ということです。革靴初心者なので良し悪しの区別は怪しいですが、シワの入り方が高価な国産靴よりも細やかです。やはり老舗メーカーだからタンナーから良い革を回してもらえるのだろうか…。厚みもだいぶ分厚いです。

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半年間履いてみた結果。紐も変えました。

あとは、これは完全に僕の感想なんですが「やっぱり本物はちがうな」と思いました。並行輸入品を買っておいて何言ってんだと思われるかもしれませんが…。本物というのは、いわゆるコピーモデルではなくオリジナルのモデルのことです。

Tricker'sのこの形のカントリーブーツはめちゃくちゃ定番で人気なので、国産メーカでも似たようなモデルがいっぱいあります(ギターと一緒ですね)。でもやっぱりそれらとは何か違うものを感じますし、プラシーボかもしれませんが履いている感触も違う気がします。これが本物の魂か…と思っているのですが、もしかしてアホ丸出しかもしれません。

とにかくTricker'sは良いぞ、と言いたい。しかも履き続けるほどにエイジングしてかっこよさが増していくんです。これはもはや複利で膨れ上がる投資と同じでは? そう考えると購入代金なんてほぼゼロなわけです。

これでもTricker'sを買わない理由があるんでしょうか。いや無い。こんな感じで人は沼に落ちていくんですね…。

*1:並行輸入品を買うことをよく思わない方もいるかと思います。もちろんセレクトショップや専門店の重要性というか役割は理解していますが、それらのセールでも同じくらいの値段に下がっているのを見て定価で買うのがバカバカしくなったので…。

*2:1829年と言えばなんと碁聖本因坊秀策の生まれた年です(余計わかりにくい)。

*3:同じモデルでもSTOWと呼ばれていることもあります。違いは無いらしいです。諸説あるんですが(昔は違うモデルだったけど統合されたとかなんとか)気にしなくてもいいと思います

シン・エヴァンゲリオンの感想(の感想)

注意!この記事はネタバレしかありません。

 

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シン・エヴァンゲリオンを見ました。

結論から言うと非常に楽しめました。SNSではネタバレを過度に配慮する風潮があり「面白かった」と言うだけでもネタバレ警察が出動する始末。それも「本当にエヴァはまともな作品に仕上がったのか」「本当に完結するのか」という、旧劇場版に至るまでの顛末を知る往年のファンが抱える猜疑心があるからだと思います。しかし、蓋を開けてみればこれ以上ないほどの完成された完結編であり、終わる終わる詐欺を繰り返していたTV版〜旧劇場版The End of Evangelion(以下、旧劇場版)や不穏しかなかった新劇場版3作目Qからは考えられないほど「まともな作品」でした。

あまりにまともすぎて「こんなのエヴァじゃない」「裏切られた」「取り残された」と拗ねるオールドファンもいれば、「ようやく卒業できた」「成仏しました」と満足する人もいて、ネットにはそんな二極化した感想が見られます。それだけ自分の人生と重ねるファンがいるのだと思いますが、ネットの感想を見てもどうもしっくりこない。そもそもファン自身の人生なんてどうでもいいとぼくは思ってしまうので小学校の読書感想みたいな「ぼく・わたしにとってのエヴァンゲリオン」的感想は興味がありません。かといって、「シンジくんは庵野で、マリは安野モヨコだったんだよ!」という深読みや「ゴルゴダオブジェクトにいたのはナディアのアトランティス人だったんだ!」みたいな考察を見ても、どうも腑に落ちない。

一体なぜだろうかと考えてみると、シン・エヴァンゲリオンという作品は単一の観点から語ることができない多層的な作品だからなのだという思い至りました。いったいどういうことでしょうか。

 

ぼくが考えるシン・エヴァンゲリオンを語る上で最低限必要となる観点は以下の4つ(3つ)になります。

  1. 新劇場版エヴァンゲリオンという物語について
  2. (1.1) エヴァンゲリオンの物語で語られない背景設定について
  3. 庵野秀明監督の私小説的な側面について
  4. これまでの「エヴァンゲリオン」シリーズと、それらが起こした現象への回答

これらすべて多面的に捉えることによって初めてこの作品を語ることができるのではないか、と思います。ぼくはそれほど熱心なファンではないので、もっと語るべき観点があるかもしれません。他にも劇伴含む演出的な観点だったり映像技術的な観点もあると思いますが、ここではこの4つの観点で語りたいと思います。

では、ひとつずつ見ていきましょう。

 

1. エヴァンゲリオンという物語内について

 これは単純に、エヴァンゲリオンの作品で語られる碇シンジを主人公としたエヴァをめぐる物語のことです。これまでの旧劇場版までのエヴァではこの物語についてすら破綻していました。心理描写とストーリテーリングがないまぜになり、最終的によくわからないままアスカの首を締めて「気持ち悪い」と言われて旧劇場版は終わりました。

それにひきかえシン・エヴァンゲリオンはものすごくスッキリと終わります。全体的にコミュニケーション不全だったQは一体なんだったのか、精神的に成長を遂げたシンジくんを中心に関係者全員でヴンダーの上で本音トークを交わし、ゲンドウとも親子の対話をしわだかまりを解きます。ネルフ(ヴィレ)は月イチで飲み会をやっておけばこんなことにはならなかったし、司令室の主モニターでクラナド上映会をやっておけばもっとはやく解決したんじゃないか。*1

最終決戦に至るまでも往年のガイナックス作品のような熱いSF描写もあり純粋にエンタメ作品として優れていました。とにかく、あのしったかめっちゃかになっていたエヴァの物語を(少なくとも表面上は)綺麗に完結させたことだけでも、シン・エヴァンゲリオンウルトラCの難易度を成し遂げたといえるでしょう。Qからあんな綺麗に終われるとは誰も予測できなかったんじゃないか。

 

2.(1.1)エヴァンゲリオンの物語で語られない背景設定について

これはいわゆる考察の対象となる物語背景のことです。語られていないとしても物語を形成する要素ではあるのでほとんど1の観点に含まれます。そのため(1.1)としました。一般的に知られているようにエヴァンゲリオンはSF、心理学、聖書などをバックボーンとした膨大な裏設定があります。作中でほのめかされるワードをもとにそれらを紐解く「謎本」がかつて流行りました(懐かしい……)。

今回のシン・エヴァンゲリオンでもいくつかの謎に決着がつき、さらなる謎が追加されました。それらは作品を理解する上でとても重要ですが、ぼくにとってはあまり興味が湧きません。いくら考察をしても答えなんて出ないし、本当にその設定が練られているか、単に意味ありげなワードを散りばめているだけなのか分からないからです。答えが出ないことをあーだこーだと想像する楽しさは理解できますが、創作者の手のひらで転がされているようであまり気が乗りません。

これらの謎については解答が出ないことが解答のようなもので、つまり真相は不定なわけです。今回のシン・エヴァンゲリオンでもちょうどいい塩梅に考察の余地が残されました。この塩梅も全部計算されたものなのでしょう。TV版エヴァのあとに雨後の筍のごとく生産された裏設定てんこ盛りの電波・鬱アニメ群に比べると、本家の違いを見せつけたといえます。

 

3.庵野秀明監督の私小説的な側面について

Qの終わりでカヲル君の爆死を眼前で見届け、自らの浅慮によりフォースインパクトを引き起こしたシンジ君は完全に心神喪失し無気力かつ失語症に陥ります。これはQの制作で精魂尽き鬱状態となった庵野秀明監督を表していると受け取る見方ができます。庵野秀明監督は言うまでもなく作家性が非常に強く、ナディアなど過去の作品から分かる通り自分自身を作品の中に投影するクリエイターなので、シンジと庵野監督を同一視するのはあながち間違った見方ではないと言えます。

トウジやケンスケなど旧友のサポートや旧エヴァにいなかった新キャラである真希波=妻:安野モヨコの救済により、シンジ=庵野監督が鬱から立ち直りシン・エヴァンゲリオンを完結させたという解釈もできなくはないです。あくまでもゴシップのレベルですが旧エヴァのときに庵野監督はアスカ役の宮村優子にアプローチし拒絶されたといわれており、そのことが旧劇場版の展開に反映されたとされています。今作でのシンジの「ぼくもアスカのことが好きだったんだと思う」という台詞が意味深になってきますが、どうなのでしょうか。

監督のプライベートになるのでなんとも言えませんが、終わらない(終わらせられない)「エヴァの呪縛」に最も囚われていたのは庵野監督自身であったのは間違いなく、精神的に立ち直り完結させその呪縛と決別することができたのは本当によかったのではないかと思います。シン・ウルトラマンでもゴジラでもなんでも好きなだけ作って、これからも傑作を世に生み出してほしいです。

 

4.これまでの「エヴァンゲリオン」シリーズと、それらが起こした現象への回答

旧劇場版が完全な決着ではなかったこと、ループ的世界構造、またTV版26話でのもうひとつの可能性として示された「学園エヴァ」など、エヴァンゲリオンは物語の再解釈と再生産を許す構造となっており、スピンオフや同人誌などのアナザーストーリーが数多く生み出されました。

またエヴァンゲリオンが巻き起こした熱狂的な社会現象に対し、辟易した庵野監督は「ただのアニメに過ぎないから現実に還れ」というインタビューで語り、旧劇場版に挿入された劇場内の観客席の実写映像にそのメッセージを込めました。

シン・エヴァンゲリオンでは物語後半、マイナス宇宙と呼ばれる虚構世界でシンジとゲンドウが格闘します。マイナス宇宙では認知が実体化するため、シンジのこれまで経験した風景(=エヴァンゲリオンという虚構)の上で戦闘が繰り広げられ、壁を突き破るとTV撮影の舞台セットになっていたり、街が特撮セットで作られているかのようなメタ的な描写がされます。これはエヴァンゲリオンはアニメという虚構であることを改めて明示しており、虚構を現実化する新生の槍でこれまでのエヴァ機体たち(=数多に作成されたエヴァンゲリオンという作品シリーズ)を生贄に捧げることで、シンジと真希波は色付けされたアニメーションから原画へ、そして現実世界としての実写映像へ帰還します。その帰還によりアニメのキャラクターとして時が止まってしまっていたシンジも大人の姿へと成長することができたというわけです。

このような見方をすることで、庵野監督のメッセージとしては旧劇場版からは変わっておらず「現実に還れ」と言っていることが分かります。しかしその形がまったく異なっています。冷たく突き放すように観客自身を実写映像で見せつけ物語を破綻させた旧劇場版とは違い、シンジの願い(父との和解、傷ついた世界の再生)と「現実に還る」ことが結び付けられています。このように非常に自己批評的な描き方で、さらに物語としてもポジティブな形で、旧劇場版と同じテーマを示すことができたというのは驚くほかありません。

 

まとめ

まとめます。シン・エヴァンゲリオンは、①表層としてあるエヴァの物語、②それを支える基盤としての裏設定、③それらに投影された庵野秀明監督自身の人間性、④すべてを取り囲む外部としての「エヴァンゲリオン」という作品に対する受容、これら4つを射程に捉えそれぞれに見事な「完結」を提出してみせました。改めて凄まじい作品です。

もちろん欠点がないわけではありません。シンジがセラピストとしての才能を開花させたが如くエヴァパイロットたちのわだかまりを解き放ち補完を完遂させていくさまは予定調和的ではありました。そして物語の外縁で暗躍していたはずの真希波が主役に据えられたのは唐突感が否めません。父親と和解し、アスカ(昔のオンナ)との未練を捨て、真希波(新しいオンナ)とくっつくというのは、往年のファンからは反発があるようです。同窓会で昔の悪友がサラリーマンになって結婚して子どもを作っていたかのような、落ち着くところに落ち着いた感があるといえばそうかもしれません。だからこそ「同窓会」とか「卒業式」とか言われているのだと思います。

とはいえ、この結末は序の段階からの規定事項だったのかもしれません。序の最後にカヲルが「今度こそ君を幸せにしてみせる」と宣言しましたが、シンジの幸せとは父の和解に他なりません。

シンジの幸せが物語の結末だとして逆算すると、このような物語以外には考えられないとすら思ってしまいます。レイやアスカだけでは幸せにできなかったのだから新しいキャラクターが必要になるのは当然といえば当然です。真希波の描写が圧倒的に不足しているのが難点ですが、これ以上尺を使って掘り下げたところで完結が長引くだろうし、キャラクターを掘り下げれば掘り下げるほど不幸になるに決まっているので、これが最善だったと思います。

 

長々と語りましたが(原稿用紙15枚分も語ってしまった)、どの観点からみてもシン・エヴァンゲリオンはよくできた作品であり大傑作だと思います。これまでのすべてのエヴァンゲリオンを上書きし、さよならを告げる作品でした。しかし作中で「さよならはまた会うためのおまじない」と言われているように、再会を期待することもできます。どこまでもポジティブに受け取ることができる作品であり、エヴァンゲリオンというある意味で呪われていた作品がこのような結末を迎えることができたことに喜びを感じ、そしてこの巨大すぎるプロジェクト(エンドロールに流れる関係者の数の多さよ!)をまとめ上げて終わらせた庵野秀明監督に称賛の拍手を贈りたいです。ありがとう庵野監督、ありがとうエヴァンゲリオン

 

*1:冗談半分でクラナドの名前を出しましたが、クラナドの終盤の展開はシン・エヴァンゲリオンと完全に相似しています。クラナドでは妻を失った主人公朋也が残された娘と向き合うことができず育児を放棄し、地元に帰って仕事に打ち込みながら旧友の助けを得て立ち直り、娘との対話を経て失った妻の存在を娘の中に見出します。クラナドのメインライターである麻枝准エヴァの影響を少なからず受けていますが、セカイ系的物語から「セカイの最小単位としての家族」に着目していたのは驚くべき先見と言えるでしょう

誰にも求められていないことを語ろう、Nizi Projectについて

(パフォーマンスを見終えて)

J.Y.Park「踊っている時ダンサーみたいです」

花橋梨緒「(誇らしげに)はい、ずっと小学校2年生から今まで8年間、本気でダンスをしてきました」

J.Y.Park「僕の話は褒め言葉ではありません

(梨緒の顔から笑みが消える)

J.Y.Park「歌手はダンサーのように見えてはいけません。歌手は歌手として見えなければいけません。ダンサーと歌手は違う職業です。今踊っていた時、まず一つ目、僕と心を通わせようとしない

花橋梨緒「…...はい」

J.Y.Park「見る人を説得しようとする努力も見えないし、自分が上手く踊ることだけを考えている

花橋梨緒「…...」

J.Y.Park「繋がっているこの紐を離さないまま踊るべきなのに”私は踊っているから見る見ないはどうぞご自由に”という印象を受けました」

 (参加者全員固唾を呑んでJ.Y.Parkの言葉を聴いている)

J.Y.Park「歌とダンスは見てくれる人のためにやることであり”自分”のためにやることではないからです」

 

誰も求められていないことを再び語ろうと思います。前回はこちら。

さて、Nizi Projectである。

前回は革靴で、今回はもっと需要が無い記事になりそうな気がするけれど、誰にも求められていないことを語るという目的なので構いません。

Nizi Project(虹プロ)は、TWICEなどを擁する韓国の大手事務所であるJYPエンターテイメントと日本のソニーミュージックによる、グローバルガールズグループを作る共同プロジェクトである。

日本8都市、アメリカ2都市にて1万人を超える応募者によるグローバルオーディションを経て、26人の選抜者による4泊5日の東京合宿を実施し、さらに14人の選抜者による半年の韓国合宿の末にデビューするメンバーを決定するという過酷な*1サバイバル・プロジェクトだ。

 ぼくは虹プロにハマってJYP事務所の他のアーティストからK-POPを聴き始めたので韓国の音楽事情はほとんど詳しくない。また、日本のアイドルについてもこれまで一切聴いてこなかった。なのでNizi Project、ひいては番組からデビューしたNiziuが過去のアイドルやオーディション番組と比較してどのような位置付けなのかを語ることはできない。あくまでも門外漢が初めて触れた感想だと思ってご容赦いただきたい。

Nizi ProjectはYoutubeで無料で見れる。ただしカットされているシーンが多いのでHuluでの視聴がオススメ

 

虹プロにハマった理由 〜または私は如何にしてアイドルを嫌うのをやめてNizi Projectを愛するようになったか〜

きっかけとしては、妻が先にハマり居間で流れている映像を横目で見ているうちにその魅力にずぶずぶとのめり込んでいったのが始まりである。今では妻よりも多く見返すほどになってしまった。

上に書いたように、ぼくはこれまでアイドルについて一切聴いてこなかった。ぼくが小学生の頃にモーニング娘。が大流行し、大学生になった頃にはAKB48を始めとした秋元康プロデュースの多人数アイドルグループの全盛期となっていた。

しかし、ぼくは子どもの頃からアイドルというものが好きになれなかった。そもそも女性の多人数集団になんとなく苦手意識があった*2。ぼくが好きだったのは宇多田ヒカルaikoなどの女性シンガーソングライターであり、複数人数の女性ユニットには基本的に興味がなかった。

 ぼくが女性タレントを好きになるのは主に格好よさとか、ストイックさにリスペクトを感じるときである。なのでアイドルたちの愛嬌や可愛さよりも、シンガーソングライターやドラマ・映画女優に憧れてきた。ぼくは今も昔も坂本真綾さんの大ファンだけど、それも彼女の仕事に対するストイックさや綴る文章に惹かれたところにある。

アイドルグループのオーディション番組とはいえ、虹プロについても好きになった理由は同じである。番組に出ている候補生たちはみんなストイックに夢に向けて努力し切磋琢磨する。プロデューサであるJ.Y.Park氏に厳しい言葉で否定されて涙を流しても、次のステージで挽回するためにまた努力する。その姿に感動し、リスペクトを抱いたのだ。

そもそも10代の中学生や高校生たちが、半年以上もオーディションにすべてをかけて、さらには学校をやめるか休学して、外国の言葉も通じないような環境下で叶うかどうかわからない夢のために四六時中努力し続けるなんて、想像しただけでぞっとしてしまう。モラトリアムに浸かりながら甘い夢を見続けてきた自分にとっては到底なし得ないことであり、尊敬するしかない。

 

Nizi Projectとはなにか、あるいはJ.Y.Parkとは何者か?

Nizi Projectがどのようなものか、改めて説明しておきたい。

評価軸としてはボーカル・ダンス・スター性・人柄の4つであり、各審査で一定以上の評価を得た者に対応したNiziキューブが与えられる。4つすべてのキューブを得たものが次のステージに進み、デビューすることができる。*3

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Niziキューブ

すべての評価をプロデューサーであるJ.Y.Parkが行い、パフォーマンスのあとに厳しくも冷静で的確な講評を行う。冒頭の引用は実際にパフォーマンスのあとに行われたやり取りである。

そもそもJ.Y.Parkとは何者なのだろうか?

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J.Y.Park。この服は私物なのだろうか

J.Y.ParkとはJYPエンターテイメントのCEOでありTWICEなど世界的ユニットを手掛けたプロデューサーであり、現役のシンガーソングライターでもある。チャート1位を獲得した曲は50を超え、90年代から現在まで第一線を退くことなく活動し続けており、そのことを歌詞にまでして自慢してさえいる。

 

www.youtube.com

90年代 2000年代 2010年代も
イケてるね
イケてるね
イケてるね

(中略)

君らが好きな
オッパ(おにいさん)たちとはかなり違うだろ
オッパたちが生まれる前に
デビューしたけど
オッパ達の間で
未だに賞までもらうよ俺は

韓国では「餅の好きなゴリラ」という意味で『トッゴ』という愛称で呼ばれており、日本でも『餅ゴリ』と呼ばれている。本人公認のあだ名だというから懐の大きい人間である。それにしてもこんなHUNTER×HUNTERゴレイヌとレイザーを足して2で割ったようなイカつい男がそれほどまでのヒットメイカーであるとはにわかに信じがたい。

 

ハンターハンターキャラ考察 ゴレイヌは弱くない - アナブレ

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ゴレイヌとレイザー。足して2で割ってください

J.Y.Parkがヒットメイカーであり一流のダンス歌手であり続けているのは、才能に恵まれているとか幸運だからではなく、恐ろしいまでの日々の努力の賜物によるものである。

韓国ではイケメンでなければダンス歌手としては売れないと言われており、J.Y.Parkも学生時代にデビューしたものの売れずに振るわなかった。しかし、J.Y.Parkはそこで夢を諦めず、バックダンサーとして再出発しつつ有名作曲家に師事して音楽理論を徹底的に学び直し、見事人気歌手として返り咲いた。

確固たる地位を築いた現在でも朝の2時間のジム・トレーニングとボイストレーニングを欠かさず、ライブでは何十曲も踊りながら口パク無しで歌い切る超人的なパフォーマンスを魅せる。社長業やプロデュース業の合間に曲を作り、自身のライブに向けたダンスや歌の練習もするなんて、どうやって時間を作っているのか全くもって信じられない。さらに学力も高く、韓国のトップ私立大学を卒業、帰国子女で英語も話すことができ、そのうえNizi Projectのために日本語まで習得したというから驚嘆するしかない。

 そんなJ.Y.Parkは自らの事務所の所属アーティストたちにも高い水準を求める。Nizi Projectにおける審査においてもそれは変わらない。厳しく的確な講評はすべて本人の実践してきた理論に基づくものだ。冒頭に引用したやり取りもその一部である。

 

Nizi Projectをどう見るか?

J.Y.Parkは歌とダンスはコミュニケーションだと繰り返し述べている。一方的にテクニックを見せつけるのではなく、観客のひとりひとりに「自分のためにパフォーマンスをしてくれている」と思わせなければいけない、とJ.Y.Parkは言う。彼の理論を聴いたあとに、プロの歌手とアマチュアである候補者たちのパフォーマンスを見くらべてみると、なるほど確かにそのとおりだなと感心してしまう。

1万人を超える応募者のなかで実際に番組でフィーチャーされるのは東京合宿に残った26人である。彼女たちはいずれもダンススクールに長年通っていたり、芸能事務所の練習生として活動していた経験を持っているのがほとんどである。しかし彼女たちの経験と自信はJ.Y.Parkの講評によって打ち砕かれていく。そして周囲のレベル差に圧倒される候補生もいる。

だが彼女たちは夢を目指し諦めずに努力する。指摘されたところを克服し、次のミッションで煌めくステージを魅せる。

そして舞台を降りたときに流す涙は、前とは違った意味となるのだ。

 

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J.Y.Parkに努力の成果を認めてもらい涙を流す梨緒

 またチームミッションでは3〜5人でユニットを組んでパフォーマンスを行う。リーダとなった人がどのようなリーダーシップを発揮するか、チームワークをどのようにして高めていくかというのも見どころのひとつだ。

番組の演出方針なのか、ギスギスした軋轢はほとんど見られない。10代の女の子たちが集まれば喧嘩の1つや10つくらい起きてるのだろうけれど、おそらく高すぎるハードルに対し一致団結して乗り越えるためには仲間割れなんてしていられないのではと思う。ぼくのような人間関係の嫌な面はあまり見たくない人でも安心して見ていられる。*4

 

それなりに長く語ってしまったがまだまだ語り足りない。というか内容についてほとんど触れられていない。J.Y.Parkの説明に紙幅を割きすぎてしまった。NiziuのリーダーとなったMAKOのリトルJ.Y.Parkとも言える努力超人ぶりや、MAYUKA*5のシンデレラストーリーなど、ひとりひとりの参加者についても語りたいことはたくさんあるのに。いっそのことNizi Project全話解説してもいいんじゃないか。とはいえ、いずれまた機会に。

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最後に推し(MAYUKA)の優勝画像を貼っておきます。はい、優勝。



*1:韓国ではアイドルのオーディション番組が数多くあり、骨折や肉離れなどで離脱する参加者が多発するほどさらに過酷である

*2:おそらく学生時代のトラウマ

*3:キューブがすべて集まっていなくても追加合格となるメンバーもいる

*4:そういうのが見たい人はバチュラーを見てください

*5:推し