惑星間不定期通信

小説を書いています。本や映画の感想やその他なども書きます。

メキシコ旅行記 二十六日目「マジックリアリズム化する大学都市」

 木曜日。そして最終日である。

 朝食はホテルのビッフェ。いろいろなものを少しずつ食べる。シリアルとフレンチトーストが美味しい。食べ過ぎないように気をつけていたが、値段を見ると千円くらいしたのでもう少し食べておけば良かったと後悔。英語が通じるので危なげなくチェックアウトを済ます。

 迎えに来たエルネストたちの車に乗り込み、メキシコ国立自治大学を見学しに行った。

 メキシコ国立自治大学というのは、およそ日本の大学とは全く異なっている。まず、規模が違う。メキシコ国立自治大学のメインキャンパスはシウダ・ウニベルシタリアと呼ばれそのまま大学都市を意味する。そしてその名の通り、一個の街そのものなのである。

 大学の中にはなんでもある。本当になんでもだ。博物館、映画館、劇場、スポーツスタジアム(そこでオリンピックもワールドカップも開催された)。ウォータースライダー付きの巨大なリゾートプールさえもある。

 中央図書館や学部の本部棟の壁には現代芸術家による一面にモザイクタイル壁画が描かれており、そのスケールは日本のどの芸術作品よりも巨大である。メキシコ国立自治大学はアメリカ大陸で二番目に古い歴史を持ち、キャンパスそのものが世界遺産に登録されている。 

f:id:daizu300:20120906101843j:plain

中央図書館の壮大で緻密な壁画。壁画としては世界最大であるという。

f:id:daizu300:20120906101643j:plain

別の角度から。

f:id:daizu300:20120906102201j:plain

メキシコの代表的な壁画家シケイロスによる壁画。

 日本の筑波にも学園都市というものがあるけれど、あちらは大学のための都市、というイメージが近いと思う。筑波の街は研究に携わる人間のために都市が特化している。だが、このシウダ・ウニベルシタリアは大学が巨大化していった結果、街になってしまったのだ。まさに南米文学のマジックリアリズムの世界である。

 

  僕らはエルネストに案内され、圧倒されながらキャンパスを歩いた。気持ちの良い晴天で、綺麗に整備された芝生の上の歩くのは気分が良かった。青々とした芝生はどこまでも続いていて、大学生たちが自由に横になったりしていた。

f:id:daizu300:20120906101706j:plain

どこまでも続く芝生、というのが比喩表現でないくらいの広大な芝生。

 可愛い女の子がたまたま僕らの前を通りかかった。

「あれがメキシカンガールだ」とエルネストが顔をニヤつかせ、声を潜めて言った。

「メキシコの女の子はどうだ?」

 エルネストは前と同じ質問を僕にした。

「おっぱいがでかいね」

 僕はとても正直に答えた。

 嘘では無かった。たとえそれが肥満によるものだとしても。エルネストは爆笑した。下ネタというのは世界共通で受けるらしい。

 スタジアムをぐるりと回り、エルネストたちの研究室へ行った。研究室は日本の大学と同じような雰囲気で、雑多な機材で溢れていた。そのまま歩いて会議室へ向かう。

 キャンパスの雰囲気はハリウッド映画で見るアメリカの大学風景に似ている。いたるところに売店がある。チョルーラの街の住人よりは、学生もいくらかオシャレである。

 大学の施設に入るのに厳重なセキュリティがあることに驚いた。このキャンパスの中は、メキシコシティの治安に比べれば格段に良い。ここにいる人間たちがメキシコの最上位のインテリ層であり、この場所の治安はメキシコ警察ではなく大学の組織が運営している。だからこその自治大学である。

 三週間振りにホセ教授に会った。ケツを晒した以来である。「忙しくて会いに行けず申し訳ない」と何度も言っていた。当然ながら僕のケツについては一切触れなかった。

 大理石のテーブルが鎮座する荘厳な雰囲気の会議室で、ミーティングを行った。二、三時間くらい掛けて今回のメキシコでの研究成果を発表した。とても疲れたが、やりきった満足感があった。

 昼食はホセ教授が手配した車に乗り、大学の外にあるステーキハウスへ行った。前菜にひき肉がはいった揚げパンを食べる。前菜にしてはボリューミーだが、メキシコでは何も不自然なことではない。美味しい。鉄板に大量で色々な種類の肉が焼かれているものをみんなで取って食べる。日本では食べられないような量の肉である。

 鉄板の上には、肉と共に野菜も焼かれており、その中に巨大なインゲン豆のようなものがあった。何も考えずにそれを齧ったところ、口の中に突き刺すような痛みを感じた。痛みの後に、猛烈な熱さが僕の口内を襲った。それはインゲン豆ではなく、ハラペーニョだった。ハラペーニョを丸かじりしたときの辛さは、おそらくハラペーニョを丸かじりした人間にしかわからないだろう。

 悶絶する僕を見て、メキシコ人たちは皆笑った。僕としては全く持って笑っている場合ではなかった。

「これで君も友達に自慢できるぞ」などとホセが言う。ふざけるな、と僕は思う。

「塩を舐めると良いぞ」とエルネストが笑いながら塩の瓶を僕に手渡した。確かに塩を舐めると多少辛さは軽減された。

 結局大量の肉はみんなでは食べきれず、「飼い犬に食べさせよう」とホセが家に持って帰った。

 研究室に置いておいた荷物を取りに戻り、みんなに別れを言った。少し泣きそうになったが、別に向こうはそんなに感慨深げではなかった。また会うだろう、と思っているのかもしれない。これまでに会った全員のメンバーに別れを済ませ、手配された車に乗り込んだ。
 
 翌日、メキシコから日本までおよそ二十四時間掛けて帰った。

 成田空港に着いて、まず最初にわかめうどんを食べた。

 その味は今までの人生で食べたうどんの中で、最も感動的なものでした。